【ショートショート】世界の真実【2,000字以内】

石矢天

世界の真実


「ついに……、ついに見つけたぞ」


 海を渡り、険しい山をいくつも越えて、ついに俺は目的地へと到達した。

 世界の真実を識ることができる伝説の図書館『モンジュ』だ。


 俺のじいちゃんの、そのまたじいちゃんの、さらにじいちゃんが一度だけ訪れたことがあるらしく、我が家に代々伝わるおとぎ話のような場所。

 子どものころから俺はこの話が大好きで「大きくなったら『モンジュ』へ行く」と言っていた。その夢がついに叶ったのだ。


 想像していたよりもこじんまりとした建物に拍子抜けしながらも、年季の入った木の大扉を押し開いて中へと入った。

 入り口にはカウンターがあり、ひとりの男性が無言で頭を少し下げて出迎えてくれた。俺も会釈を返しつつ男を見つめる。


 側頭部をキッチリ剃った髪型。

 アッシュグリーンの頭髪は、頭頂部に集中している。

 日に焼けているためか、肌はまんべんなく赤い。


(まるでトマトみたいだな)


 俺は失礼なこととは思いつつも、男性とトマトを頭の中で並べてしまった。


「なにかお探しでしょうか?」


 いつの間にか男性がカウンターを出て、俺の前に立っていた。

 入り口に突っ立っている俺のことを見かねたのか、それとも怪しいヤツが来たと警戒しているのか、小声で目的を尋ねられた。


 さらに具合の悪いことに、俺の目的は『この図書館に来ること』だったものだから、ここで何をするのか、どんな本を探すのか、なんて全く考えてきていなかった。


 男性はニコニコと笑顔を保っているが、目の奥が笑っていないように見える。

 きっと「用がないならお引き取り願います」というセリフを喉元に控えさせているに違いない。


「ト、トマトを」

「トマト……ですか?」

「はい。トマトの真実を知りたくて来ました」


 なんだ、トマトの真実って。

 思わず口にしたものの、俺はすでに後悔していた。

 トマトの真実なんて別に知りたくもなかったからだ。


 男性に見つめられれば見つめられるほど、頭の中がトマトでいっぱいになるものだから、つい口をついて出てしまった。


「左様でございましたか。それではトマトの真実が書かれた本がある場所へご案内いたしましょう」


 男性は俺に背を向けて、スイスイと図書館の中を移動していく。

 お世辞にも広いとはいえない建物の中に、ぎっしりと詰め込まれた本棚。

 俺の身長の2倍ほどの高さに収められている書籍たちは、どうやって閲覧するのだろうか。


「それにしても、皆さんトマトがお好きなのですね」

「へ?」


 移動中の間を持たせるための雑談なのだろうが、なにを言っているのかサッパリわからない。そりゃあ間の抜けた声も出る。


「いえね。前にいらっしゃたお客様も、その前のお客様も、トマトの本をお求めにご来館されたのですよ」

「ああ。なるほど」


 俺には先客の気持ちが痛いほどわかった。

 彼らもきっと、俺と同じような状況だったのだろう。


「どうぞ。こちらです」


 そう言って男性が取り出した本は、表紙もボロボロになっていて、多くの人がこの本を手にしてきたことが見て取れた。俺は少しだけドキドキしながら人類の叡智の結晶である『本』を開く。


 ――トマトは魔女が使う呪われた植物である。


 ん? 魔女?


 ――食べると狼男になってしまうため、別名を『狼の桃』という。


 いやいや。狼男って!?


 ――トマトには強い毒を持っている種もある。


 ないないない!

 それきっと似ている別の植物だよ。


「いや、ふるっ! 情報が中世からアップデートされてない!!」


 当時の人々にとっては、きっと真実のように語られていた情報なのだろう。

 しかし様々な科学的調査が進んだ現代では、全てが偽りと知られてしまっている。

 迷信以外のなにものでもない。


「ええ。そうです。それがこの図書館の存在意義でございますから」


 それはいったい、どういうことだろうか。


「真実とは、時代時代によって変わっていくものです。古い時代の真実は、新しい時代の真実によってアップデートされます」


 俺は静かに男性の話に耳を傾ける。


「古い時代の真実は、徐々に人々の記憶から消えていきます。当時の書物もときに捨てられ、ときに焼かれ、数が減っていくことはあっても増えることはありません」


 それはそうだろう。

 間違った情報が載っている本を増刷しても、売れるとは考えづらい。

 それらの本が表舞台から姿を消していくことは、逃れられない運命だといえる。


「しかし間違った情報が真実とされていた時代も、人類がたどってきた歴史なのです。どこかに記録を残しておかなくては人は過去を知ることができなくなります」


 そこで俺はやっとこの図書館のことを理解した。

 つまりこの図書館は――、


「過去を知るための場所、ということですか」


 俺の言葉に、男性は満足そうに頷いた。

 世界の真実とは、遠い過去のこと。人類が歩んできた道こそが、世界の真実。


 ところ狭しと並んでいる数々の本を眺め、俺は世界の真実に思いをはせた。




      【了】

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