第13話 魔王襲来


「勇者とオルダの排除を祝して乾杯!」

「よくやったな、ツダ! 大手柄だって、お前の話で持ちきりだぞ!」



 元同僚である管理局の局員たちと、今の同僚であるカイナやクーガルたちが催してくれた祝賀会。


 俺は主役のはずなのに肩身の狭い思いで愛想笑いを返しながら、控えめに乾杯した。


 何度も言うが、俺は勇者イグニスタンと鬼人族のオルダを同時に排除して、魔王に媚びを売るつもりなんてなかった。


 でも、世間の見方は違う。


 今日だって彼らに悪気がなく、純粋に俺を祝福してくれているのは十分理解しているつもりだ。


 だけど……。


 素直には喜べない――



 多種族同盟軍本部に戻ったとき、どんな罵詈雑言が飛んでくるのか。


 そう考えるだけで気分が落ち込み、食事もまともに喉を通らない。


 こんな悩みを正直に話せるはずもなく、一人部屋に籠もることが多くなった。だからなのか、俺を気遣って開催されたのがこの会だ。



「ツダもこっそりと挑戦したんだろ?」

「え? いや、してないけど」

「ご冗談を。幻魔四将げんまよんしょうのラゲク様が嘆いておられましたよ。文官の"書類鬼"に負けた、と」



 あの女、余計なことを。



「そのまま三人目と四人目に挑めばよかったのに。勇者の亡骸を多種族同盟軍に送り返し、精神的に追い込もうとするなんて頭が上がりません」

「ツダの魔王様への忠誠心は本物だ。疑って悪かったな」



 最大級の勘違いをするカイナとクーガル。

 俺は反論することすらも面倒になり、ただジョッキを傾け続けた。



「ツダ様が幻魔四将げんまよんしょうになってください!」



 突然、大声を上げたのは子鬼族の局員だった。

 昔からクシャ爺に仕えているから知っているが、酔っていたとしてもこんなに興奮している姿は初めて見た。



「なんで?」

「強制的に田舎に住まわされ、オルダたち鬼人族によってオイラたちが不当な扱いを受けていることはツダ様もご存知ですよね!? ツダ様が鬼の一族を変えてください!」



 鬼人族はオーガ族の上位互換。

 そして、子鬼族はオーガ族の下位互換。


 この格差の改善が一筋縄ではいかないことは明白だ。

 それに国境付近である田舎に居住区を移したのは魔王で、実際にその政策は理にかなっている。


 仮に俺が鬼人族のトップになったとしても、下級種族である子鬼族の扱いを改善することはできない。


 多種族同盟軍のスパイの身としては鬼人族を滅ぼし、弱い子鬼族をのし上げた方がいいと思うが、果たしてそんなに簡単にいくかどうか。



「無理だ。子鬼族の遺伝子は弱すぎる。今よりも少しはましな生活にはなるだろうが、理想は叶えられない。それに、俺はあいつらに勝てないよ」



 ラゲクも相当の手練れだが、彼女の後ろに控えるのはもっとおっかない連中だ。

 そして、最後に待ち受けるのは史上最強と噂の魔王。


 どんな魔法を使うのか、どんな特性があるのか。データ不明のラスボス。


 分かっていることは、2代目魔王が討ち取られた後、急に姿を現して魔王の座を2代目の息子たちから奪ったという事実だけだ。


 あとはやりたい放題で、魔宮殿を造り、各種族の居住区画整理をして、今回の婚活を始めた。


 まさに傍若無人。


 楯突く者は問答無用で切り捨てていたとか。



「そんな……」



 お祝いムードから一変してお通夜のような雰囲気へ。


 カイナはダークエルフ族という名家で魔宮殿勤めだから超エリートになる。

 こんなザコの集まりに参加するとは思えない種族だ。


 実際に、共感できないという風につまみに手を伸ばしている。


 クーガルはと言えば、泣き上戸になった小鬼族の背中を撫でていた。

 彼は辺境を任される一族なのだから、本来であればもっと威張っていいはずなのに、ホブゴブリンのせいで自己肯定感が低くなってしまった。

 だから、子鬼族には強く共感するのだろう。



「すぐに空席は埋まるさ。クーガルが狙ってもいい」

「オレ!? いいのかな、オレみたいなフットマンでも!?」



 いいんじゃね。むしろ頼むわ。

 お前のプロファイルは終わってるから、全部人族に情報を流せるし。



 カランコロン。



 貸し切りのはずなのに、店の扉の鈴が来客を知らせた。



「すみません、お客様。本日は貸し切りで――」



 遠くの方で対応している店員の声が聞こえる。

 こんなの店をやっていれば、あるあるのシチュエーションだよな。


 俺は気にせずに空になったジョッキを渡そうとして、キッチンの方を振り向き、言葉を失った。


 目の前にあるのは、紫に金と赤の装飾を施された上等なドレス。


 視線を上に移せば、豊満なバストの主張が激しくて顔が見えない代わりに腰まで伸びる金髪がその人の正体を語っていた。


 金色の髪が揺れて、胸の向こう側から顔が覗く。


 どこまでも深い碧い瞳。

 そして、頭頂部から伸びる二本の禍々しい角。



「ツダ、だな?」



 俺は返事を忘れた。


 釘付けになっている視線を無理矢理に外せば、俺以外の魔物は全員が立ち上がって、頭を下げていた。


 そうしないといけないと本能が語りかけたのだろう。


 俺だってもっと敏感な感覚器官を持っていれば、みんなと一緒の反応ができたさ。


 でも、今更遅れて立ち上がるのは違うと思うし、かと言って問いかけを無視するのも部下として悪いし。


 一瞬の脳内会議を終え、とりあえず返事はしておこう、という結論に至った。



「はい。ツダです。お初にお目にかかります」

「此度の活躍、誠に大義であった。褒美をやろう。望みを言え」



 傲岸不遜な態度と冷え冷えとする凛とした声に、店内の温度が下がったようだ。


 まさか、魔王が直々に飲み会の席にくるとは思わなかった。



「特には。俺はこれからも魔王様の側にお仕えできれば、と」



 クビにされたら新鮮な情報を持って帰れない。

 つまり、俺は元の世界に帰れない。それだけは困る。



「側仕えが望みか?」

「いえ、そういうわけではなく。これからも魔王国発展のために、あなた様の近くで頑張りますって決意表明です、はい」



 ふむ、とあごに手を当てて、考える素振りを見せる魔王。


 俺としてはクールビューティーな先輩が可愛い一面を見せたような感じなのだが、カイナたちにとっては違うらしい。


 クーガルなんかは今にも気絶しそうだし、あのポーカーフェイスで有名なカイナですらも冷や汗を流している。



「それはつまり……余に種を植え付けて子供を産ませてやる、ということか?」



 んなっ!?!?


 な、なんでそんな話になってるんだよ!


 誰も一言もそんなこと言ってないよね!!



 脳内会議室は大混乱だ。

 情報量が多すぎてホワイトボードがいくつあっても足りない。



「い、いえ。恐れ多くもそのようなことはございません」

「この国の発展を願うのだろう? ツダは余の考えを読み取るのが一番上手いと思って、魔宮殿に呼び寄せたのだが?」

「は、はぁ……」

「思った通りに、時にそれ以上に動いてくれる。これでも毎度感心しているのだぞ」



 傲慢な態度と冷ややかな瞳は変わらないが、なんだか褒められているっぽい。


 褒められるようなことをした自覚はない。自覚がなかったとしても美人に褒められるのは良い気分で、薄く微笑まれると勘違いしそうになる。



「我らの間に無駄な会話は不要なはず。それでも尚、あのような愛の言葉を囁くとあっては余としても応えないわけにはいかないな」



 痛いくらいに鼓動がはやい。


 きっと寿命が縮むんだ。

 ただでさえ、魔物よりも寿命が短いのに更に早死にしてしまう。



「実を言うと。余は一時期、魔宮殿を離れ、人族の中に紛れてみたのだ。まずは敵を知る必要があると思ってな。この場にクーガルがいるということはツダも余の考えを汲んでいるのだろう?」



 知らねぇぇぇぇえぇぇぇぇぇ!!!!



「人族はこういうのを以心伝心というそうだな。つがいには必須だとか」



 マズいぞ。

 3代目魔王は初代や2代目のような脳筋ではない。

 このまま知識をつけられたら手に負えなくなる。



「鬼人族のツダ。お前を余の婿候補と――」

「俺はっ!」



 魔王の言葉を遮った俺の行動にカイナが涙目で懇願するように首を振る。



幻魔四将げんまよんしょうの一人を無駄に失ったんですよ。これは失態のはずです。それに、同胞オルダを失い、俺が魔王様の婿候補になったとあれば、同族に疎まれま――」



 次は俺の言葉が遮られた。


 別に声を荒げたわけでも、魔法で口を塞がれたわけでもない。


 俺の唇にはしなやかな指が添えられていた。



「ここは魔王の国。煩わしいことは武力を以て解決すればいい。人族よりも単純でいいだろ。違うか、ツダ?」

「…………そう、ですね」



 否定はできなかった。

 むしろ、ぐうの音も出ないほどの正論で殴られた気分だ。


 やがて魔王の指が俺の指に絡められ、きゅっと手を結ぶ。



「お前は余のものだ」



 なんて自分勝手な女なんだ。


 この日、俺は人間でありながら魔王の婿候補となってしまった。

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