第11話 勇者の挑戦


「どうしました? 朝からずっとそわそわして」

「いやぁ。だってさぁ。カイナは気にならないの?」

「はい」



 今日から魔王の婿候補の座を巡って、魔物たちが現魔王軍四天王に挑んでいるのだ。気にしない方がおかしい。



「あっさりしてんな。ダークエルフ族から立候補者はいないのか?」

「我が一族は異種交配を嫌うのでありえませんね」

「でも、野心家はいるだろ?」

「自分で一族を悪く言うつもりはないですが、狡猾な人が多いので真正面からやり合うのはあまり……。魔王国内でも十分な立ち位置ですし、無理をする必要はないかと」



 それが幻魔四将げんまよんしょうにダークエルフ族がいない理由ってわけか。


 弓術や暗殺術を得意とする種族だから真っ向勝負は分が悪いのも事実。

 それなら魔王を闇討ちする方が性に合ってる。


 納得して黙って窓の外を眺めていると、メイド服のカイナはカップを片付けながら淡々と告げた。



「気になるなら見に行けばよろしいのでは? 来るのですよね、人族の勇者が」



 その通り。

 来るんだよ、多種族同盟軍の精鋭の一人、勇者イグニスタンがな。


 勇者イグニスタン――血気盛んな青年で、燃えるような赤髪から分かるように聖なる炎の魔法を操る。


 会ったことはないけど、噂は聞き及んでいる。


 カイナにそそのかされた俺がお忍びで魔宮殿の闘技場に向かうと、とんでもない声量のブーイングで場内がどよめいた。


 中央に立つのは勇者イグニスタン。

 その正面には、俺のよりも立派な一本角を額から生やした魔物が仁王立ちしている。



「我が名は勇者イグニスタン! 貴様ら、魔王軍を滅する者であるッ!!」



 気合いを入れて名乗りを行う勇者と違って、魔物は面倒くさそうに銀髪の頭をかいた。



「あ゛ー、まだ続くのかよ。朝からぶっ続けでザコの相手をさせられているオレの身にもなってくれよ。今日から2週間……絶望だぜ」



『烈風』のオルダ。 風魔法と鎌の攻撃を得意とする鬼人族の戦士。

 設定上は俺と同胞だけど、会ったのは初めてだ。


 誰かの指揮下に入ることを嫌う鬼人族の中で貧乏くじを引かされて、幻魔四将げんまよんしょうの一番槍を勤めている苦労人だ。


 本当は以前のように前線で暴れ回りたいらしいが、四天王だからね。

 魔王様の近くにいないとね。


 まぁ、俺としてはいて欲しくないんだけど……。


 オルダは基本的に訓練場か闘技場で汗を流しているから直接的に関わることはないのだが、何度か魔宮殿で鉢合わせしそうになって廊下を迂回したことがある。


 何か用があればカイナを通すし、俺の部屋にも勝手に入って来ないように根回し済みだ。


 ここまでやらなくても、向こうも俺なんかに興味はないだろうけどね。


 さて、そんなこんなで影から視線を送ると勇者イグニスタンが優勢だった。



「カイナ、鬼人族のオルダは何戦目か分かる?」

「起床後からぶっ通しで106匹目の挑戦者だそうです」

「きみから見て、オルダはどれくらい消耗している?」

「60パーセントに乗るか、乗らないかと言ったところでしょうか」



 鬼人族の戦士をへろへろにするには、最低でも200人動員する必要があるということだ。

 勇者イグニスタンが兵士100人分の働きをしてくれることに期待するしかない。



「それにしてもツダ様は実に狡猾に立ち回られますね。ダークエルフ族のわたくしでもぞっとします」

「は……?」



 カイナは勇者と鬼人族の激戦から目を逸らし、俺の方を見た。



「相手が気を張っている初日、その中でも気を抜くであろう夜明け直前に、オルダ様の属性魔法よりも優位な魔法を扱う勇者を当てる。……多種族同盟軍に潜入した際、どのように発破をかけられたのか。どうすれば、人族があんなにも決死の覚悟を持った顔になるのか想像もつきません」



 カイナは淡々と語っているが、その視線には畏れが見え隠れしていた。


 実に心外である。


 俺は勇者が無駄に体力を消耗することなく、幻魔四将げんまよんしょうに挑めるからチャンスだと思っただけだ。

 別に勇者が一人で来る必要はなかった。もっと大勢で来て、順番待ちをしてもいい。待っているふりをして、観戦している魔王の首を狙ってもいい。 


 こんなボーナスステージは二度と来ない。

 だからこそ、多種族同盟軍にはこのチャンスを物にしてほしいと願っただけなのに。


 それに今の話ぶりだと、俺がオルダを陥れようとしているみたいだ……ろ。



 「勇者が勝てば、幻魔四将げんまよんしょうの末席を空席にすることができる。それに孤軍奮闘する勇者が帰還できる可能性はほぼゼロ。なんとも恐ろしい計略です。フルーレ様が戦慄し、魔王様が嬉々として承諾したのも納得できます」



 ――な、なんだって!?



 魔宮殿内での俺の認識ってそんな感じなの!?

 間接的に、しかも合法的に同胞殺しを実行するなんて最低な奴だろ!



「待ってほしい。俺は幻魔四将げんまよんしょうの座に興味はない。オルダが負けたら、幻魔三将げんまさんしょうでいいんじゃないかな」

「それもよいでしょう。ただ、ツダ様が魔王様に退屈しのぎを提供し、目障りな勇者と無能な戦士を同時に排除した、排除までいかなくとも自分の存在意義を示したとなれば、あなた様の評価は右肩上がりです」



 だ、ダメだ。何を言っても、そっち方向に話が進んでしまう。


 だからさ――と身振り手振りで自分がクレイジーサイコオーガではないことを力説しても、カイナは全てを曲解してしまって堂々巡りだった。



「辺境に追いやられた脳筋の一族が魔宮殿で文官など、と内心馬鹿にしていましたが考えを改めます。申し訳ありませんでした」



 ご覧ください、と闘技場を指差すカイナ。


 勇者イグニスタンの炎の聖剣が風魔法を逆手に取り、火力を増大させてオルダの体を切り裂いているところだった。


 大きな胸の傷からは爆炎が上がり、オルダの鍛え抜かれた肉体を焼いていく。


 イグニスタンの方を見れば、肩で息をしながら片膝をついていた。

 片腕は足元に転がり、片目は潰れ、脇腹は抉られていた。


 だが、それでも剣は離さない。



 お前だけは必ず仕留めてやる――



 そう目が語っているような気がした。


 いや、そうであってくれと願う。


 あんたが火付け役になるんだ。

 手始めに魔王軍四天王の一人を殺して、二人目、三人目と。そして最後に誰かが魔王に辿り着けばいい。


 討伐しなくても、一矢報えればいい。

 俺が持ち帰った情報をフル活用して倒してくれ。



 一番身近にいる人族なのに、殺す手段を持っていない俺に代わって成し遂げてくれっ!



 やがて、オルダの体が崩壊し、塵となってこの世界から消えた。


 人間と違って骨すらも残らないのが魔物の死だ。


 だから弔うという概念はない。

 ただ、やられたからやり返す。それだけの話だ。



 ふと、事切れる直前の勇者イグニスタンと目が合った。


 彼の目には怒りと憎悪が宿っている。

 とても同種族に向ける目ではない。


 俺のことは鬼人族としか認識されていないはずだから当然だ。


 当然だけど……。

 それでも、複雑な気持ちに変わりはない。


 そして、弱々しく口が動く。



 よくも――と。



 ゆらりと立ち上がったイグニスタンが足を引きづりながら歩みを進める先には、幻魔四将げんまよんしょうの一人が不服そうにしていた。



「次は、お前……だ」

「もっと元気な子がよかったなー。でも、いくら元気だったとしても私との相性は最悪だから戦いにならないわねー」



 ねっとりとした声で不満を言いながら、指を弾く仕草をした幻魔四将げんまよんしょうの紅一点。

 彼女の指から放たれた一滴の水滴は勇者イグニスタンの胸に当たって弾けた。


 別に体を貫いたわけではない。

 それなのにイグニスタンは吐血し、動かなくなった。



「ほらね」



 つまらなさそうに指に吐息をはきかける女性型の魔物から目を背けて歩き出す。



「ツダ様?」

「部屋に戻って寝る」

「お辛そうですね。子守唄でも?」

「いらないよ。一人にしてくれ」

「かしこまりました。どんな理由があったとしても同胞の死とは辛いものです。例えそれが仕組まれたものであったとしても。ごゆっくりとお休みください」



 うやうやしく一礼するカイナに何も答えられなかった俺はもう魔宮殿の中で迷わないことに気づき、さらに胸が苦しくなった。

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