第三十九話

『春、十六年ぶりにやらかしたらしいな』


 海の言葉一つで僕たちの雰囲気は怖いぐらい一気にピリ付く。


「何の話だ?」

『ちゃんと言わないと分からないのか? それとも言いたくないか? どっちでもいいが、男性を殺そうとしたって話だよ』

「……」


 僕は黙り込み、スマホを持つ手に力が入る。

 額からは薄っすらと汗が滲み、口に溜まった唾液の飲んで喉を鳴らす。


『のぞちんが言ったわけじゃない。勘違いして責めるなよ。ソースはまた別だ』


 のぞちんとは日高さんのあだ名に違いない。日高希実だからのぞちん。

 場の空気とは合わない呼び方だが、今はツッコミを入れれる雰囲気ではない。


「で、わざわざ何でそんな話をした?」

『忠告に決まってんだろ?』

「忠告?」


 僕は眉間にしわを寄せ、海の言葉をオウム返し。

 もちろん忠告の意味は分かっている。忠告を受ける理由も分かっている。

 ただ返す言葉がこれしか見つからなかっただけ。言い訳など出来ない。

 僕がやった行為は許されるような、ノリで流せるようなことではないのだから。


『そう、忠告だ。春、お前はもう子供じゃなく大人なんだぞ。分かってんのか?』

「そんなのは理解してる」

『でも、成長はしてないようだが?』

「それも今回で理解した」

『十六年前みたいに身代わりになる相手なんて、そう運良くいないんだぞ?』

「ああ、分かってる」

『犯罪を犯そうがバレなければ犯罪者にはならない。そういう時代は終わった。十六年前と今では技術力が別格だ』


 海は一度、息を入れて言葉を続ける。


『だから、二度と犯罪行為というバカな真似はするな。春が捕まって悲しみ苦しみ困る人が、俺を含めて大勢いるってことをそろそろ理解しろ』

「あ、ああ……大丈夫だ。二度も手は汚さない」


 僕は弱々しい声音でハッキリとその言葉を言い切った。

 二十七歳にもなって幼馴染にこんな忠告されるとは、情けないというか人としてどうかしているというか。


 子供の頃、年を重ねれば自然と大人になると思ってたが実際はそうではない。

 僕のように心が子供のまま大人の皮を被ってる人間だっている。

 大人になるとは案外難しいもの。時間ではなく成長するための壁が必要なのかもしれない。


『はいっ! この話はこれで終わり!』


 海がパチンと手を叩き、いつも通りのテンションでそう口にする。

 僕はそこまで切り替えが早くない。小さく「ああ」とだけ呟いた。


『それよりさ、のぞちんはこれからどうするの?』

「色々知ってんだな」

『そこらへんは触れずに頼むよ、大親友!』


 今、一番触れたい部分ではあるが、そう言われると聞きづらい。

 どうせ追求したところで、綺麗に流されるのがオチ。ここはスルーが最善だ。


『で、のぞちんはどうするか言ってた?』

「一回諦めた小学校の先生なる夢をもう一度追うらしいぞ」

『へー、小学校の先生ね~』

「な、何だよ」

『いや別に~。どこかの誰かさんはもう追わないのかなーって』


 どこかの誰かさんって、どう考えても僕だ。

 先ほど日高さんとこのような会話をしたばかり。

 日高さんの場合は事情を知らなかったから仕方ない。だが、海の場合は全ての事情を知った上で聞いてきている。大親友はかなり性格が悪いようだ。


「どこかの誰かさんは、もう追わないんじゃなくて追えないんだよ」

『それはただの諦めだね』


 鼻で軽く笑いながら、そんなことを口にする。

 まるで、僕を煽ってるような言動。馬鹿にするのもほどほどにして欲しい。


「全て知ってて、よくそんなことが言えたな」

『全てを知ってるからこそ、俺はそう言ったんだが?』

「……」


 予想だにしない発言に、言葉が喉に引っかかって出てこない。

 色々と言い返したいのに、死ぬほど言い返したいのに、唇が金縛りにあったようにピクリとも動かない。


『なぁ春、お前は夢が途絶えた時、心のどこかでホッとしたんじゃないか? 強制的に叶えることが不可能になって、諦めるのも簡単だっただろ?』

「な、何言ってんだ? ふざけてるなら限度を考えろよ?」

『俺は一切ふざけてなんかない。たった一枚の紙切れに書かれた文字だけで、死ぬ気で追いかけてきた夢を簡単に諦めるとか、そう思うしかないだろ?』

「海にとっては、たった一枚の紙切れかもしれないが、僕にとってその紙は信じ難い悪夢が書かれた絶望だ。僕だって簡単に諦めたんじゃない。悩んで悩んで悩んだ末に諦めたんだっ!」

『はぁ……それはどうだか』

「おい、疑ってんのか?」

『疑われたくなかったら、また死ぬ気で追いかけてみろよ』


 僕の気持ちを何も考えてない棘のある言葉に苛立ちと苦しみが同時に襲ってくる。

 海がここまで言う気持ちも分かる。でも、こんなのは不可能を押し付けようとしてるだけ。

 二度目の絶望を僕に味合わそうとしてるに過ぎない。


 恐らく海に悪気はない。純粋にあの日誓った夢の約束を叶えてほしいだけなのだ。

 そうだとしても、僕の答えは既に決まっている。


「悪いがその気はない。僕は今の仕事を頑張るって決めたんだ。それに日高さんの夢を叶えるっていう目標がある。だから、あの日の約束はもう……守れそうにない」

『……約束は必ず守らせる……』

「なんか言ったか?」


 海がボソッと何かを言ったので、聞き返してみたが『何もない』と一言。

 僕は深く聞かず、「そうか」と返事する。


『にしても、最初はあれだけ嫌がってたのに、今はびっくりするぐらいノリノリだな』

「なんか文句でも? 海にとっては願ったり叶ったりじゃないのか?」

『まぁな。そろそろ電話切るよ。くれぐれも問題を起こさないよ~に!』

「はいはい、分かった分かった。じゃあな」

『おう、またな』


 それを最後に電話は「プープープー」と音を鳴らして切れる。

 日高さんと海。二人にもう一度、夢を追いかけるように強く言われた。

 だがしかし、僕の心は全く揺らぐことなく、心から夢を諦めてしまったのだと実感した。

 同時に今の仕事と真面目に向き合い、本気で頑張ろうとも思えた。


 僕は一歩ぐらいかもしれないが、前へと進めたのではないだろうか。

 進めたと言っても、まだ一歩。僕は遅れた分、もっともっと前に進まないといけない。


「よしっ! 午後からも頑張るぞ!」


 頬を叩き気合いを入れたのはいいものの、アロエ荘の現実は『頑張る』の言葉でどうにかなるほど甘くはない。


 天音の洗濯物問題。星坂さんの男性恐怖症問題。それとミラのお世話問題。

 他にも日高さんの勉強と家事の分担、ミラの謎の行動についてなど。悩みの種は山ほどある。

 僕の健康だっていつ悪くなってもおかしくない。前の管理人のように。

 だけど、問題と悩みのおかげで、毎日の生活に飽きることはない。


 僕は案外このクソ忙しい生活が嫌いじゃないのかも……いや、好きでもないけど。

 好き嫌いがどうあれ、ロリ要素を持った癖の強い住人たちとの生活はまだ始まったばかり。

 そして僕の新しい目標への道も始まったばかりだ。

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合法ロリ保育園の園長になりました 三一五六(サイコロ) @saikoro3156_dice

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