第二十五話

 看病は五日目に突入。

 昨日やっと日高さんの熱が下がり、顔色はゾンビから舞妓さんぐらいには良くなった。

 今日一日安静にして過ごせば、完治するに違いない。


「はぁ……」


 一方、僕の体、精神は悲鳴をあげていた。

 月曜日から看病と管理人の仕事、どっちもやってることもあり、睡眠時間は約二時間とろくに寝てない。睡魔と疲労で意識がいつ飛んでもおかしくない状態だ。


「うっ、クソ頭いてぇーな……」


 僕は鈍器で殴られたように痛む頭を右手で抑え、顔を歪ます。

 目を細めて時計を見ると、時刻は午前八時過ぎ。


「仕事しないと」


 ため息交じりにそう自分に言い聞かせ、目の前に散らかるゲーム機やお菓子、飲み物を片付ける。朝食はエネルギーゼリーで済ませ、洗濯をするためリビングの外へ。


「って、またかよ」


 改善されない階段の光景に呆れつつ、服を一階へ落としながら重い足をあげて二階へと上がっていく。二階に着くなり、止まることなく天音の部屋をノック無しで入った。


「なぁ、いつになったら階段に服を散らかす癖が直るんだ――って、なっ、何ちゅう格好をしてんだよっ!」


 現在の天音の姿に、僕はすぐさま視線を逸らす。

 スクール水着のまま床で寝てるのだからそういう反応にもなる。

 ムチムチな腕と脚がさらけ出され、立派に育った胸はスクール水着のサイズが小さいのか非常に苦しそう。太もものお肉はスクール水着に食い込んでおり、何とも刺激的だ。


 基本、ロリ以外がどんな格好をしても、何も感じないが今回は違う。

 スクール水着。そう、スクール水着なのだ。

 僕の脳内ではスクール水着=ロリみたいなイメージがあるせいで、スクール水着姿の天音はとても刺さる。それはそれは目を逸らしても勝手に目が天音のほうへ行くほどに。

 ロリではなく、大人の女性と分かっていながらも、僕の視線を吸い寄せるのだからスクール水着とは恐ろしい。


「ん……春ちゃん? ふわぁ~、おはよぉ~」


 目を覚ました天音は目を擦り、僕の存在に慌てることなく、大きな欠伸をしていつもの口調で朝の挨拶をする。相変わらずマイペースな奴だ。


「ああ、おはよう」


 天音はお尻に食い込んだスクール水着を指でパチンパチンと直し、慣れた手付きで眼鏡をかけ、椅子に座って足を組む。

 狙ったような仕草に息を呑み、僕は真面目な表情で天音の顔を見つめる。


「それでこんな朝からあたしに何の用かなぁ?」

「火曜日から毎日に来てるんだから分かるよな?」


 そう、僕は火曜日から毎日のように天音の部屋を訪れている。

 理由は簡単、天音が階段に服を散らかすのを改善するためだ。

 実はそのために月曜日の買い物である物=洗濯カゴを購入。

 洗濯物を入れるように天音に指導したが、四日経ってもこの様である。


 一体、洗濯カゴに洗濯物を入れる何がそんなに嫌なのか全く分からない。

 毎朝、部屋に来られ、注意されるほうが嫌だと思うのだが。

 ノック無しで入ったところで嫌がる表情一つしない。難敵だ。


「洗濯物が洗濯カゴに入りたくないって――」

「それは火曜日の言い訳だったか」

「洗濯物が勝手に飛んで――」

「水曜日に聞いたぞ、それ」

「じゃあ――」

「じゃあじゃねぇーよ! 毎日言い訳するの面倒じゃないのか?」

「全然面倒じゃないよぉ!」


 ――僕は毎日説教するの面倒なんだよ!


 心の中でそう叫び、表では口角をあげて不気味な笑みを作る。


「そうか。それなら僕にも一つ考えがある」

「考えぇ?」


 僕の言葉に不思議そうに首を傾げる天音。


「今後、階段に落ちてた服は没収とする!」

「えっ、もしかして没収して春ちゃんが着るのぉ?」

「着ねぇーよ! そんな趣味は僕にはない!」

「あ、分かったぁ! あたしの服で一人エッ――」

「口を閉じようか、天音」


 僕は眉間をピクピクさせ、天音のモチっとした頬を右手で掴む。


「はるじゃん~やめぇてぇ~」

「天音が変なこと言おうとするからだろ。はぁ……まったく」


 僕は右手を離し、大きなため息を一つ。

 何でさっきの話を聞いて、服を没収される理由を理解できないのだ。

 一々説明しないといけないとは、本当に困ったものである。


「僕が服を没収するのはな、天音が階段に服を散らかす癖を直すためだ」

「うん、知ってたぁ~」

「おい、知ってたなら無駄なことを言うなよ」

「だってぇ、春ちゃんの反応って面白いんだもん!」


 ニコニコ、いや、ニヤニヤ。天音は笑いが止まらない様子。

 完全に遊ばれている。掌の上でコロコロ状態だ。


「まぁ分かってるならいい。今後はそういう方針でいく。覚えておけよ」


 最後にそれだけ言い残し、振り返り部屋を出ようとしたその時、天音が口を開いた。


「それで没収された服はどうしたら取り返すことが出来るのぉ?」

「没収される気満々じゃねぇーか!」


 僕は質問に呆れつつ、「洗濯カゴに洗濯物を入れられるようになったらな」と回答した。

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