第9話

 定期テスト。

 夏休みという楽園の前に立ち塞がる巨悪の名である―——


「というわけでこの通り! 勉強を教えてくれ!」

「はぁ……日頃からちゃんとしてないから今になって焦らなきゃいけないんだよ?」


 俺の目の前で、智輝が全力の土下座を披露していた。

 一方の結衣は呆れた表情である。


「まあそのために集まったわけだし、さっさとやっちまおうぜ」


 今日は間近に迫ったテスト勉強をやろうということで、俺の家に三人集まっている。

 結衣はいつも成績上位、俺は平均程度なのだが、智輝は赤点ギリギリの低空飛行である。

 別にそこまでバカというわけでもなく、あまりにも勉強をしないだけだが。


「それで、ともくんはどこがわからないの?」

「何がわからないのか、まずはそこから知らなければならない……」

「ドヤ顔で言ってもバカにしか見えんぞ」


 眼鏡を指で押し上げつつ馬鹿なことを言う智輝。

 顔だけはいいのが腹立つ。


 実はこれまでもこうして集まって勉強をしようという話は出ていた。

 しかし智輝が何かと言い訳をつけて逃げていたので、これが初めてである。


「おふざけはこれくらいにして、そろそろ始めるよ」

「へーい……」


 ようやく智輝が観念して勉強を開始したため、俺も自分の勉強に取り掛かった。






 それからしばらく、結衣が智輝に勉強を教えているのを横目に勉強をしていた。

 二人とも容姿が優れており、その光景は非常に絵になっている。

 この中で自分だけが劣っている、なんてことはこれまで何度も考えてきたものだ。

 前にそのことをふと漏らしたら二人に怒られたので口に出すことはないが。


 ……と、集中が切れてきたみたいだな。そろそろ休憩にするか。


「ふぅ……俺は休憩するけど、お前らはどうする?」

「もうちょっと進めてからにしようかな」

「嘘だろ……もう終わりたい」


 一応尋ねてみたが、もうしばらくやるらしい。

 俺はキッチンへ向かい、三人分のお茶を用意する。


「ほい、置いとくから自由に飲め」

「うん、ありがと」

「終わりたい……」


 お茶じゃあ回復しなさそうなヤツが若干一名いるが、まあいいだろう。






 午後六時。

 勉強会が終わるなり、智輝は一瞬のうちに帰っていった。

 俺と結衣も勉強道具を片付けているところである。


「智輝はどんな感じだ?」

「うーん、いつも通り手ごたえは微妙かな……」


 どうやらヤツは今回も赤点との死闘を繰り広げるようだ。

 結衣は困ったように笑っている。

 意外にもこれまで赤点を取っているのは見たことがないので、何だかんだどうにかしそうな気もするが。


「俺は飯の準備するから、遅くならないうちに帰れよ?」

「えー、今日こそひろくんと晩ご飯食べたい」

「交換条件飲んでるんだから素直に帰ってくれ……」

「あれはあの日の分だもん」


 そういって俺にくっついてくる結衣。

 そのついでに例の交換条件は当日分のみであるという衝撃に事実が発覚した。


「ねぇ、いいでしょ?」

「うっ……ダメなもんはダメだ」


 この前指摘したというのにまだ懲りていないのか、結衣は俺の腕に抱きつきながら駄々をこねる。

 腕に当たる柔らかい感触に対し、俺は全力で理性を保つ。


「別に遅くなったって大丈夫だもん」

「……俺が嫌なんだよ。結衣を遅くに帰らせるようなことしたくない」


 俺がそう言うと、結衣の表情が不安げなものに変わる。


「私が遅くまでいたら邪魔……?」

「え、いやそういうんじゃなくてだな……」

「なーんて、冗談だよ! あーでも、一緒にご飯食べたいのは本当ね?」


 焦る俺に対し、結衣はいつもの明るい笑みを浮かべてそう言った。

 正直に言えば俺だって長く結衣といられる方がいい。

 ……俺が送っていけば大丈夫だろうか?


「わかった、飯食ったら俺が送るから」

「やった、ありがと」


 なんだか最近は結衣に振り回されてばかりな気もするが、それはそれで悪くはないとも思うのだった。

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