第23話「リーベルの滅亡」
ハーヴェンの実家の伯爵家には後継者がおり、何も考えることはない家だった。
良く言えば自由の家、悪く言えば無関心の家だと言える。
自分のことだけを考えていれば良いのだ。
ところが状況が変わった。
ある日、後継者だった兄が病で亡くなってしまった。
そこでハーヴェンが後を継ぐことになったのだ。
となると、次男以下の夢はこれにて終了だ。
だから海で神聖魔法の魔法兵を導入する夢もこれまでだ。
伯爵家当主としては後継者は家におり、諦めたくない夢なら、今度自分の下に生まれた次男や三男を使って実現しろと言いたい。
……というのが当主として正しい姿勢なのだが、多少譲歩することにした。
魔法艦に乗って海に出撃するのは諦め、海軍魔法兵団の副団長の下で務めてもらうことにした。
司令室は陸にあるし、伯爵家にも近いので次期当主の務めを果たすことが出来る。
そうすれば、海軍を完全に辞めさせたことにはならない。
でないと、伯爵家がまずいのだ。
ハーヴェンが夢のために海軍魔法兵団に入ったが、これを辞めさせるとなると、兵団より伯爵家の都合を優先したことになる。
〈海の魔法〉で有名な兵団よりも、一伯爵家の都合を……
これには父が考えてしまった。
ハーヴェンの夢を諦めさせるのは構わないが、海軍魔法兵団の機嫌を損ねるのは避けたい。
そこで譲歩したのが司令室案だった。
息子が自分で神聖魔法を海で活躍することはなくなってしまったが、陸上から手続きで神官達を派遣すれば海での神聖魔法の有効性は証明できる。
また、兵団での働く場所が海の魔法艦から陸の司令室に変更しただけだ。
夢を諦めず、兵団を辞めるわけでもなく、そして当家の安泰も手に入る。
父にとって画期的な名案だった。
これには母も賛成だ。
母は息子が長い間、魔法艦で航行しているのには反対だったし、ましてや遭難することがあるなど以ての外だった。
父も母も兵団も、司令室に行くことを止める者は一人もいなかった。
ハーヴェン自身も、海でなくてはならない理由を力説することができなかった。
それで大人しく司令室にいったのだが、力説を諦めたわけではなかった。
彼には悩みがあり、それ故に魔法艦を下りたのだ。
悩みとは——
〈生きている器〉だ。
***
ハーヴェンは〈生きている器〉では難しいので、他の物で試したことがあったのだが……
すべて失敗だった。
ダメなのだ。
物や骨では霊を宿しておけるだけで、生命は刻々と蒸発していってしまう。
やはり〈生きている器〉でないと。
だがどうすれば作れるのか?
捕虜の生命以上の問題として、これに行き詰まっていたのだ。
蒸発の問題を解決できないまま、生命だけを集めていってもダメだ。
決して殺し屋ではない。
ただ、イリスレイヤに再会したくて、心を鬼にしているだけなのだ。
だから司令室の話を素直に受けた。
必要なのは情報だ。
〈生きている器〉に繋がる情報は、神殿にはない。
ならば魔法を調べるのだ。
魔法ならば禁断に僅かに触れる研究もある。
その研究をするならば、魔法艦ではなく司令室だ。
また、魔法艦が海で起きたことは、司令室に報告することになっている。
まずは〈生きている器〉に関係ありそうな情報を得るため、ハーヴェンは魔法艦を下りて、司令室に務めることにした。
***
あれからだが……
ハーヴェンの情報集めは上手くいかなかった。
様々な資料を読み漁ってみたものの、求める〈生きている器〉には遠かった。
副団長の書類整理の傍ら、怪しいと思われる資料に出会うとすぐに読み、必要な魔法の知識があるならばこれもすぐに習得した。
一見、学びの姿勢が素晴らしく見えたのかもしれない。
ハーヴェンに対する副団長の評価が高まっていった。
そんな純粋な動機ではなかったのだが……
彼の動機はイリスレイヤに会えること。
そのために〈蘇生〉を成功させて、彼女の復活と自身の半ゾンビの身体を治さなければならない。
〈蘇生〉のためには他者達の生命を集めておかなければならず、集めておくのに〈生きている器〉が要る。
いまは何としても〈生きている器〉を手に入れようと、あらゆる知識や情報について学んでいるところだ。
外法のためだと知られたら、副団長の評価が最高から最低へと下がるかもしれない。
幸い、誰にも真意を知られることなく、知識の習得は進んでいった。
肝心の情報にはまだ巡り会えていないが……
このように、副団長の評価が高いハーヴェンは出世頭になったと言えるだろう。
すると湧き起こってくるのだ。
結婚話が。
***
ハーヴェンの下には他の貴族の娘や海軍の有力な軍人から、娘との縁談の話が持ち込まれてきた。
伯爵の後継者がずっと独りで勉学に打ち込んでいるのだ。
これを放っておくのは無理だというもの。
後継者を独り身だと思い、娘を紹介するのは自然な流れだった。
もちろん彼にはイリスレイヤという妻がいる。
だが妻帯者だと説明するのが難しい。
彼女について、どう説明するのだ?
かつて彼女と夫婦になったのだが、ゾンビに襲われ、彼女自身がゾンビになってしまった。
でも現在は遺髪しか残っていないから、危険はない。
だから遺髪だけの姿で復活を待っているのだ。
いまも妻は生きている……とでも言うつもりか?
良くて狂人の疑い、下手をすれば外法に手を出している疑いをかけられてしまう。
真実を語れない以上、妻帯者に結婚を勧めるという不思議な現象が何件も起きてしまった。
対するハーヴェンは……
別に何ともなかった。
相手は裕福な貴族の娘だろうが、海軍の提督の娘だろうが、特に抵抗することがなかった。
だから何ともなかったのた。
?
それだけでは説明が足りないので補足する。
結婚成立後、普通は子供が生まれてくるのだが、この夫婦はいくら待っても授かることはないだろう。
子供とは、同族二人の間に授かるもの。
人間と人間。
これが普通だ。
なのにこの夫婦は違っていた。
違っている点は一つ——
夫が半ゾンビだった。
これでは、人間の女性がいくら願っても、子供が生まれてくることはないのだ。
だから何ともないのだ。
ハーヴェンは何も起きないことに安心して、女性が愛想を尽かせて出て行ってくれるのを待っていた。
一人、二人、三人……
皆、出て行った。
やがて親達も娘を紹介するのをやめていき、焦ったハーヴェンの父が親戚の息子を養子に入れるということでこの話は収まった。
必死だった父と違い、彼は最初から最後まで落ち着いたものだった。
彼は〈蘇生〉が成功さえすれば、当初の予定通りに暮らす予定だった。
イリスレイヤがウェンドアに移住するのに合わせて、聖医として開業するのだ。
うるさい信仰心の話など抜きに、聖医なら治療代さえもらえれば神聖魔法が活躍出来る。
海での神聖魔法にも関心はあったが、彼女との暮らしが大事なので兵団にはいかない。
例えば誰かがこの件の重要性に気がついたら、父を見習って他の者に任せてもいい。
実家についても同じだ。
伯爵家の一員であるのは、二人の暮らしに妨げがないからだ。
聖医が伯爵家の妨げになることは考えられないが、あるとすれば神殿からの小さな嫌がらせか?
もし何らかの形で干渉してきたら、家を去るのだ。
ハーヴェンにとって家とはそれほど〈仮〉の存在だった。
少々薄情な気もするが、父にとって長男の後継者がいるので、次男以降も公子として扱う〈仮〉の存在だった。
互いに〈仮〉だったのだ。
それが長男死亡によって父にとっては〈仮〉ではなくなったのだとしても、ハーヴェンにとっては〈仮〉のままだった。
実家とは、あくまでも〈蘇生〉が成功するまでの〈仮〉住まいだった。
そして時が流れ……
リューレシア大陸西方、ブレシア帝国によってリーベル王国が滅ぼされた。
すべてがひっくり返ったようだった。
ある貴族は国外へ逃亡し、ある貴族は仲間を売り渡し、ある貴族はモタモタしている内にどんどん捕えられていった。
王族も逃げ、位の高い王族は皆、捕まってしまった。
国王だったアーレンゼール陛下は捕らえ、あまり時を置かずに処刑された。
ノルトは貴族でなかったのが幸いしたのか。
平民だった彼は護衛官から長い間、王女の教育係に左遷されていたが、帝国の占領軍によって職を奪われて追放された。
ハーヴェンは?
彼はノルトと違った。
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