after the end credits 前編

 セリアは城への侵入者を感知する警報で、ぼうと眺めるだけの画面に注意を向けた。無数の小さな画面が湾曲しながら並んだ中央に、一際大きな映像が表示される。天井からのアングルで捉えられていたのはひとりの少女だった。


 寄りかかっていた背を起こし、腰を揺らして座り直す。万能の防衛力を誇る城に侵入者などそうあることではない。


 とはいえ、いちいち気合を入れ直すようなことでもない。座りを直したのも、同じ姿勢を続けていることに飽きただけだった。警報といったがけたたましく鳴っては耳を塞ぎたくなるような、人間がどうしょうもないものから逃げるときの音ではないのだから。ただ、一時の注意を促すためにある。


 理由は単純で、城への侵入者は、そもそも侵入が可能である段階で、少なくとも侵入すること自体は許されているということになる。侵入者がどのような意図を持ったものにせよ、入ることができるということは、それは城の主によって何らかの理由で許可されていることを意味する。だから、特別な警戒心を抱く必要はない。


 それはそれとして、セリアの任務は城の防衛にある。許可された侵入者とて、危険性の判断などは自身で行う必要がある。これもまた特殊な理由によるものだ。


 そもそもセリアが常に監視している画面は変化がない。城にはかなりの数の人物たちが暮らしているというのに、誰一人として画面に映っていない。それは単に映らないような場所に監視網があるわけではなく、映す必要がないから映らないのである。逆に言えば、映った時点で、それに対処するのは必然的にセリアになるという仕組みだ。つまりは今回の侵入者は、セリアにとっての客のようなものなのだ。


 中央の画面を自身の正面の中空上に、引っ張り上げるようにして再度表示し直し、それを見つめる。画面に映っているのは、黒髪のハーフツインに金のインナーカラーを携えた少女。紺色のブレザーの間からピンクのベストを覗かせ、太ももの中ほどまでしかないスカートをひらひらと舞わせながら、挙動不審に周囲を見回している。


 中央の画面脇に小さな画面をひとつ追加する。そこには映像に映し出された人物の詳細な情報が書かれていた。


「七星燐、ね……」


 当然ながら侵入者の名前に見覚えなどあるはずもない。地球という星は微かな記憶の底にある名前と合致する程度で、それ以上の知識は持ち合わせていなかった。


 セリアはさらに同じような小さな画面を追加し、画面を意識によって操作して地球という星の情報を表示する。


「かなり遠い……。それに科学技術の発展段階的にもここへはこれそうにない。けれど、ならどうして……」


 言いながらに、もう十分という様子で地球についての文章がひたすら流れている画面を閉じる。ざっと流し見た地球の情報に、必要になりそうなものはなかった。代わりにもう一度七星燐について表示されている画面を見た。


 上下にスクロールをしながら、表示される文章を読み取ってゆく。


「はずれものってことかしら。たしかに面倒な力は持っているようだけど」


 口ではそうこぼしながらもセリアは次の対応をもう決めていた。彼女が対処するのこうした仕事ははっきり言って事務的に処理ができる。こうしていつも通りに侵入者への対処ができている時点で、侵入者のレベルというのは見当がつく。つまりは明確な格下。取るに足らない存在であり、油断も慢心も許される。だから、決められた付箋が貼られたページをめくるように、セリアはさっさと次の対応に移る。


 彼女は脳内である人物を呼んだ。それは彼女の直属の上司にあたる存在であり、従者として仕える主人でもある。いつも通りの形式的なものだが、確認は必ず取るようにしていた。


「アーバルマン。侵入者が来ている。なにか聞いてないかしら」


「聞いていないよ」


 頭に響くのは聞き慣れた鈍重な男の声。下を向くように話す音声は、頭の後ろで会話をするようなこの念話だからこそ、その重さを感じさせる。


「なら対処はいつもどおりで構わないわね?」


「ああ、それでいい」


「了解」


 また画面を見る。七星燐は歩き出していた。相変らずおどおどとした様子だが、何かの目的があるようにも見える。


 セリアは、なぜこんな人物が、という疑問を押し殺して作業に集中し直す。どちらにせよ関係ない。すべてを視ることができるという眼も、考慮すべき要素にはならない。七星燐という少女がセリアにとってなんであれ、セリア自身が七星燐、あるいはその周辺について関知していないのだから、結局はいつも通りなのだ。だから、セリアが七星燐について何かを考える必要はない。


 彼女は別の人物をまた脳内で呼んだ。


「二人、借りるわね」


「了解」


 相手は要件も聞かずに了承する。これもいつものこと。結局なにも変わらない。だから、対応そのものにも、当然変化など起きるはずもなかった。



 

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