エピローグ

 私は自分一人が生き残ってしまったことを幸運だとは思わない。少なくともあの事件について我々が誇ることができることは何一つない。我々はすべてを間違えていたということを認めるほかないのである。


 我々の一員である久世咲良の死亡以降、彼女に対する認識の改革が行われていたことは事実だ。少女Aの危険性を再確認し、二度とこのような悲劇が怒らないようにと厳重を期してきたことは言明できる。しかし同時に、少女Aという存在は我々の認識改革程度で収めることができない人物であったということである。


 それでも彼女に接触を図らなければならなかったのは潜在的な彼女の危険性によるものだった。彼女は一面的に真に万能な存在であったことは、資料にもあるとおりである。彼女に不可能はないと言っても問題がない。しかし、その万能性は彼女の思考による部分が大きく、彼女の精神や性格が関係していることは以前からの報告で明白だった。だから、最低でも厳重な監視、できることなら我々の管理下に置きたいというのは、常に変わることのない共通認識であった。


 そこで我々は二年に及ぶ内部調査を実施し、彼女という人物を当たり前という側面から紐解いていくことにした。そのうえで、我々の見解として、彼女は十分に成熟し、精神構造上問題なく対話ができる程度には落ち着いていると認められたために、かの作戦は実行に移された。


 しかし、結果は世に知られているとおりの悲惨なものである。我々は何もかもを失い、もはや日陰の存在で居続けることは難しくなった。あの日を境に我々は市井の人々の糾弾を甘んじて受け入れることを余儀なくされ、透明性の高い公共性に満ちた機関として再編命令を受けることとなる。


 冒頭にも話した通り、これについて我々は幸運である。少なくともこれほどの情報文明に発展した現代社会において、我々がその先駆的存在と慣れているところは、光栄というほかない。だが、同時に危険性は常に我々のうちにあるという警告をしたい。


 その一例として、我々は少女Aの行方について一切の情報を追うことができていない。あの事件が発生した翌日から、彼女は忽然と姿を消した。個人的に私がつながりを持っていると噂をするものもいるようだが、私は彼女に関して何らあの日以降のことで知っていることはないことをここに断言する。


 それだけではない。おそらく彼女の失踪について関係があると考えられている三名についてもあの日以降の目撃情報を含む一切が不明のままである。突如として現れ、霧のように去っていった彼女たちの存在は神話や御伽噺に出てくるような空想の産物に近い。彼女たちの素性についても一切の調べは付いておらず、証拠となる画像や音声も存在しないため、半ば幻じみたものになっている。


 しかし、これを本当に神話や御伽噺として受け継ぐことをこそ我々は許してはならない。彼女たちのようなまだ誰にも発見されていない第三の外部勢力が存在するという可能性を常に持ち続けることは、ひいては我々のためになるのである。


 さて、そんな我々の失敗に対し、きっと多くのご意見があることだろう。事件直後から我々はその対応に追われていたわけだが、改めていくつか申し上げておきたいことがある。


 我々は先の事件に対する判断においてひとつたりとも間違いはなかったということである。大きな危険を伴うことは事実だった。そこに反論の余地はない。しかし同時に、あれ以上の選択肢が存在しなかったこともまた事実である。彼女の危険性は放置できるものではない。文字通り世界を破滅に導くことだって可能であった。だからここ、接触の必要性を要していたのだ。


 私は、かつての上司である故勧修寺丙造氏に敬意を表し、この意見をここに改めて書き記すものである。


 危険性の再確認を続け、我々があの悲劇を二度と繰り返さないためにも、ここにその再発防止の宣言をするものとする。たった一人の生き残りとして、最後の責任者として、これからの抑止に努めるものである。




2020年3月31日 警視庁公安部特殊異能対策室 室長 土掛帷

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