顔立ちぬ ─バレンタインの奇跡─

ぶらぼー

2月14日

 2月14日のバレンタインデーの夜、今をときめく20代OLの小林サチヨは帰宅してすぐにベッドに倒れこんだ。


 今年は彼氏もできず、職場の男性陣に女性の同僚達と選んだ義理チョコを配ったくらいだった。地味なバレンタインだが定時で帰れたことだし、今夜は静かにのんびりしよう──サチヨはそんなことを考えながら起き上がるとコーヒーを入れ始めた。


 その時である。


ブォオォオ

ブォオォオ


 突然、奇妙な音が部屋に響き渡った。すきま風?サチヨは耳をそばだてる。


ブォオォオ

ブォオォオ


 壁の方からだ。推しのK-POPアイドル、キム・キンガナムのポスターの裏側からだ。


ブォオォオ

ブォオォオ


 恐怖より好奇心と正体を確かめたい思いが勝ってサチヨはポスターを引っ剥がした。


「ぷはぁ、助かったでヤンス。私はヤンスデス・チェンテナリオ100世! よろしくでヤン……」


 なんということか。自分の部屋の壁から知らんおっさんの顔が現れた。サチヨは反射的にコーヒーをおっさんの顔に思いっきりぶちまけた。


「アアーーーッ!」


 悶絶するおっさん。


「待つでヤンス! 話を聞くでヤンス!」


 ブゥウゥン!ブゥウゥン!


 そこら辺にあった電動丸鋸をブチかまそうとしたサチヨは丸鋸を止めた。


 顔面に重度の火傷を負いながらも壁から生えた顔──ヤンスデス・チェンテナリオ100世は話し始めた。


「知りたいでヤンスね? なぜ私が突然あなたの部屋の壁に現れたのか……」

サチヨは警戒を解かず、丸鋸を構えたままだ。


「全部……全部バレンタインが悪いでヤンス!」


 ヤンスデスは大きく目を見開いた何かが危ない表情で話し続けた。


「私こそがバレンタインにチョコを貰えなかった敗北男子の怨念の塊! 億千万の男の悲しみと憎しみがこのアパートの部屋の壁裏に埋まっていた藁人形に集まり……一つの生命として覚醒したのでヤンス……ヤンスデス・チェンテナリオ100世として!」


 ブゥウゥン! ブゥウゥン!


 サチヨは丸鋸のトリガーを引いて回し始めた。


「待つでヤンス!話を聞くでヤンス!」


 ヤンスデスは慌てて彼女を制止しようとする。


「私を部屋から追い出したいでヤンスよね?ならば取るべき行動は一つでヤンス!」


ヤンスデスはまた大きく目を見開いた。


「この私に……手作りチョコを寄越すでヤンス!」


 サチヨは自らの胸の内の殺意の炎が大きくなっていくのを感じていた。


「私はチョコを貰えなかった敗北男子の怨念の塊! すなわちぃいいぃ! 彼らの念が成仏するにはチョコを与えるしかないのでヤンス!」


サチヨはヤンスデスに冷たい疑念の目を向けた。


「インディアン嘘つかない、ヤンスデスも嘘をつかないでヤンス。ここで私は待ちますのでおいしいチョコを作るでヤンスよ」


 サチヨはキッチンで考えた。壁から生えたおっさんが自身を消滅させたければ手作りチョコを寄越せとほざいている……信じるべきか? さっきは電動丸鋸でぶった斬ろうと思っていたが、それで〇した場合部屋の掃除がめんどくさそうだ。そんな感じの血なまぐさい手段は相手が嘘をついていると判断できてから取ることにした方がいいだろう。

 

チョコで消えればそれでよし、消えなければスプラッタ。チョコ作りは面倒だがそういう段取りで行こう。サチヨは冷蔵庫を開けた。


 残念なことに今、サチヨの冷蔵庫にはチョコレートはなかった。なんか似たような奴で代用するしかない。サチヨはカレールウ・醤油・かりんとうを取り出した。こいつらを砕いたり溶かしたりしてくっつけたらそれっぽくなるのではないか? 黒いし。

 

 そうだビターな奴とミルクな奴も両方作りたい…サチヨは続けて青汁や牛乳などを取り出していった。


 さて、本来であればサチヨの料理の様子を詳しく記述するべきなのだが省略させて頂くことをご容赦願いたい。彼女の料理を描写するにあたり、申し訳ないことに私の料理・毒物・科学・美術・道徳などの知識があまりにも不足しているのである。私が伝えられるのは出来上がりの瞬間、キッチンから黒い炎と稲妻の柱が換気扇フード目掛けて伸びていった事だけである。


「できたでヤンスね! さあ早く!」


 ヤンスデスが鼻息を荒くする。


「…ちょっと待つでヤンス、なんかそれおかしいでヤンスよね? ちょっとモゴゴゴゴ!!」


“チョコレート”がチョコレートでない事に気づき、うろたえるヤンスデスの口にサチヨは“チョコレート”をねじ込んだ。


 ゴォォオオォオ!!!


「オボボボボボ!!!」


恐ろしい光景であった。“チョコレート”を飲み込んだヤンスデスの口と目から虹色の光が飛び出した。ヤンスデスはけいれんしながら悶絶する。


 サチヨはただ光に包まれ苦悶する壁から生えたおっさんの顔をじっと眺めていた。私、チョコレート手作りはしたことなかったんだけど、ちゃんと作れたみたいね……とか考えていたのである。そうかな……そうかも……。


「アアアーーーッ!!」


やがて壁から生えたおっさんの顔は砂のように崩れ落ち、サラサラと舞い上がりながら消えていった。壁に開いた穴から打ち付けられた藁人形が見えたが、程なくそれもヤンスデスと同じように舞い上がる砂となって消えていった。


 サチヨは安心すると床にぶちまけたコーヒーと台所の掃除を始めた。ふと彼女は思った。手作りチョコ作りは意外と楽しいものだな、来年は自分の好きな人に作ってあげられるといいな……と。


 この翌年の2月14日に、謎の黒い食べ物を食べたとされるクリーチャーが首都を混乱に陥れたのである。


おわり

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