7
「あの、もう二つ聞きたいことがあります」
「なにかな?」
銀狐の化けの皮を被り直したらしいロランが、澄まして答える姿勢になってくれた。
「専属事務官、なんですよね? メイドになる、というのは、なぜでしょうか」
「ああ。君は身分証がないから、町から出られないと言ったね?」
「はい」
「貴族のメイドなら、すぐに身分証が作れるんだ」
「……なるほど」
「名前は、キーラのままで良い?」
「はい!」
「王都に入るまでは、私の専属メイドになる。その後、騎士団長専属事務官として、登録する」
「……わかりました。でも朝、王都に連れていく、て」
「うん。ここの屯所は簡易施設で身分証は発行できないから。大きな町に行ったら手続きをするよ」
「そ、ですか」
「もう君を連れていくって話してあるから、大丈夫だよ……あ、なにか思い残していることはある?」
老夫婦の笑顔が、脳裏をよぎった。
「いえ」
貧乏で、形見も何もないから。思い出だけ持っていこう。
「で、あと一つは?」
「あ、マスターとかは、どうなりますか?」
「へえ! 君を信じてくれなかったのに、気になる?」
悲しかったけれど。
あの腕輪を見せられたら、仕方なかったのかもなと思う。こんな田舎の小さな港町で、宝石なんて見る機会はないのだから。
マスターの悲しそうな顔だけで、十分と思うことにしたのだ。
「……」
「ふふ。マスターはお咎めなしだよ」
「よかった」
「ただあの娼婦は、王国騎士団副団長の目の前で一般市民に冤罪をなすりつけた、と明日事情聴取へ行くことになっている。まあ、逃げるだろう」
「……そう、ですか」
あのたくましさなら、逃げてもどこかでしぶとく生きていくだろう。
「ふん。俺は、悪い奴には、絶対にその罪が罰になって返ってくると信じている」
「ヨナさん?」
背後で、ヨナが怖い顔をしている。
「悪いことをして、のうのうと生きるなんて、許さねえ」
びり、と空気が震えた。
何をそんなに怒っているのだろうか。
「ヨナ、キーラが怖がっちゃうよ」
「ん? ああすまん」
「あ。そうだ。ロラン様は副団長。ならヨナさんは?」
「あ? あー。言ったろ、友達だ」
「ふーん」
「しがない、船乗りさ」
「それは……多分嘘だけど、そういうことにしとくね」
「嘘? なぜそう思う?」
ヨナを改めてじっと見つめる。
「なんとなく。身体の使い方とか?」
「お……もしかして誘われてんのか? 俺」
「はあ!?」
「ぶふふふふ! キーラ、気を付けた方が良いよ。
「もう口きかない!」
「おお、一瞬で嫌われた! ははっ、乙女だなあ、キーラ。安心した」
「なにが!」
今度はヨナが、じっと見てくる。
「今まで、好きな男や恋人は、いたか?」
――ぎょわわわわわあ!!
「いない! 忙しくて、余裕なくて、そんなっっっ」
「ふはは。――良かった」
「なにが!?」
ヨナが、ぼりぼりと頭をかいて言う。
「港の男は、悪いやつが多いからさ。引っかかってたらかわいそうだなって思って」
「ご心配どうも! ご心配無用!」
「わはははは! ひー! ひー!」
――また、化けの皮が剝がれてる。
「あーおもしろかった。ふふ。キーラ、女将さんに軽食頼んであるから。それ食べて今日はゆっくり寝なよ。疲れたろ」
「えっほんと!? ……ですか?」
「いいよいいよ、人がいない時は言葉遣いとか気にしないで。人がいる時は」
「はい。化けの皮を被りますね」
「ええ~~~」
「ぐはははは! 言うなあ!」
ガクンと落ち込むロランに、爆笑するヨナ。こんなに綺麗な顔しているのに、中身が残念とかちょっと、いやかなり面白い。
「お言葉に甘えて。今日は本当に色々とありがとうございました。救ってくださって、心から感謝しております」
「うん」
「おう」
たっぷりお辞儀をしてから、部屋を出た。――女将さんのところに行くと、笑顔で軽食の入ったバスケットと、部屋の鍵を渡された。
「この着替え、頂きました。ありがとうございます」
「いえいえ。大変だったねえ。ゆっくりおやすみ」
「はい!」
宿屋の部屋は、食堂二階の自室よりもずっとずっと、良い部屋だった。
――静かだな。
いつもなら、階下から響く話し声や歌声を聞きながら眠るんだけれど。もう、それはなくなったんだ。
清潔なシーツにくるまって、少し泣いてから、眠った。
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