6
「いやー、災難だったね」
宿屋の一室。
無事に釈放された私は、ロランの部屋に招かれた。屯所のおじさんは、かわいそうなくらいに真っ青な顔で、ガクガクしながら檻の鍵を開けてくれた。何を言われたのかものすごく気になったけれど、怖いから聞かないことにした。
ロランには何度も確認したし、何なら女将さんにも確認した「ちゃんとキーラの部屋も取ってあるからね」という言葉を信じ、ヨナも一緒に部屋に入る。
ロランと私は、部屋に置いてある椅子に腰かけ、ヨナは腕を組んで壁に背を預けて立った。
「さて。色々ややこしいから、着替えとか取りに戻るのは、やめておこう。私物で持っていきたいものは、他にあるかい?」
「いえ。その腕輪さえあれば、別に」
寝て起きていただけの、食堂の二階にある小さな部屋。
着替え以外に大事なものは、本当にない。腕輪以外は。
「そう。ここの宿屋の女将さんにね、年頃の娘さんがいるらしくって。いくつか着替えを融通してもらったよ」
はい、と渡された布の袋。中には丁寧に畳まれた服がいくつか。
自分では選ばない、可愛い色の服が数着見えた。正直着るのは気が重いが、背に腹は代えられない。
「ありがとうございます……」
「うん。さて、質問の件を一つずつ答えるね。まず腕輪をいつ返すかだけど」
ロランは、テーブルの水差しからグラスに水を注ぎ、手渡してくれた。
喉が渇いていたので、助かった。素直に飲む。
「君の任務が終わってから」
「任務?」
「うん。ただし不安だろうから、期限を設けるよ。今日から丸一年。逃げなかったら、一年後に必ず返す。預かり証を、書くよ」
「預かり証……」
「そう。僕の署名入りで、きちんと君の腕輪を一年後まで預かり、返しますって書いた書類ね」
「!」
「安心したかな?」
「はい。でも一点書き加えてください」
「なにを?」
「貴方に何かあった時にも、私に返す、と」
「ふっ、そうだね。僕は騎士団の人間だもんね。一年後も生きている保証はない」
「……すみません」
「君は本当に賢いなあ」
ロランが心底嬉しそうで、不気味だ。
早速鞄から紙とペン、インク瓶をごそごそ出して、なにやら書き出した。ありがたいが、仕事が早すぎて逆に不安になる。
「じゃあこれね。大事に持っておいて。で、任務なんだけれど」
預かり証を受け取って内容を確認してから、姿勢を正してゴクン、と唾を呑んだ。
「そんな構えなくていいよ。騎士団長の、専属事務官をして欲しいだけなんだ」
「騎士団長の、せんぞくじむかん?」
「そ。騎士団長――レナートっていうんだけどね。すごく真面目なのは良いんだけど。ほんとに頭のカチンコチンな堅物でさあ」
「はあ」
――なんか急に愚痴始まったぞ? あ、ヨナが「ぶっ」て吹いてる。
「ぜんっぜん融通きかなくて、無口でくそ真面目で、余裕もないわけ」
「はあ」
「備品買いたいって言ってるだけなのに、書類をくまなく見て、中身聞いてきて、あれはなんだ、これはどういうことだ、ってさあ。決裁ごときで有り得ないぐらい、すんごい時間かかんの!」
「へえ」
――あのー、ロラン様? 口調、それで良いの?
「やってらんないわけ」
「おいロラン……銀狐の化けの皮、剥がれてるぞ」
「あ、いっけね。うおっほん」
――銀狐! すごいしっくりくるあだ名~胡散臭いけどでも、顔はすごく整ってるもんね~
「というわけで、君の読み書き、そして計算の能力を是非いかんなく発揮して、我々騎士団の書類仕事を助けて欲しい!」
「なるほど」
「給金は、きちんと通常の事務官と同じ金額を支払うし、雇用契約書も作るし、騎士団の寮に入ってもらうから衣食住も心配いらない」
「!!」
「どうかな?」
「はい! ありがとうございます!」
「良かった。きっとキーラなら、勤めあげることができるって、信じてるよ」
ヨナが、大きなため息をついているのが少し気になったけど、崖っぷちから奇跡的に助けられた! と思った。
――私の考えが甘すぎたのは、すぐに分かることなんだけどね……
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