第40話IF 姉さん残念だったな。これで快斗は俺だけの物だ
目の前で何が起こったのか理解できなかった。いや、理解するのを脳が激しく拒絶したと言うべきだろうか。
「……う、嘘だ。こんなの絶対嘘だ!?」
俺の目の前にはアランにナイフで胸を刺され、血溜まりに仰向けで横たわるエレンの姿があった。エレンはまだ辛うじて生きてはいたものの、どう見ても完全に致命傷であり長くはもたない。
「そうだ、俺は快斗のそんな顔が見たかったんだよ。ようやく見せてくれたな」
アランは狂気的な笑みを浮かべており、完全に狂っているようにしか見えなかった。多分エレンを刺してしまった事で完全にタガが外れてしまったのだろう。
エレンがいない世界なんかにもはや未練など一切無いが、その前にやらなければならない事が一つだけある。
「……エレンほんの少しだけ待っててくれ。あいつを地獄に落としたら俺もエレンが寂しく無いようすぐにそっちに行くから」
俺は絶命したエレンの胸からナイフをゆっくりと引き抜く。そしてそのまま一気にアランへと飛びかかった。だがアランにはすんなりと回避されてしまう。
「おいおい、危ないじゃないか」
アランは相変わらず狂気的な笑みのままそう話しかけてきた。俺はそれを無視してナイフを振り回し続ける。しかし俺の動きは全て読まれているようで全く当たらなかった。
「いい加減諦めろ。どれだけやっても無駄だ」
「うるさい。今すぐ死ね」
アランがニヤニヤした表情を浮かべている姿を見て、弄ばれてると感じた俺は余計頭に血が上ってしまう。
完全に冷静さを失う俺だったが、それが良くなかったらしい。いつの間にかスタンガンを持っていたアランによって首筋に強力な電流を流されてしまったのだ。
それにより全身が痺れて地面に倒れた俺は結束バンドで手足を厳重に縛られた上に猿ぐつまでつけられて身体の自由を奪われてしまった。
「姉さんを殺した時点で俺の人生はもう終わりだ。どうせ捕まるんならそれまで好きにさせてもらう」
アランはそう言うと興奮した表情でズボンと下着を脱ぎ始める。これから何をされるか察した俺は激しく抵抗しようとするが全く動けそうにない。
「姉さん残念だったな。これで快斗は俺だけの物だ」
ナイフで強引にズボンと下着を切り裂いたアランに俺は為す術もなくエレンの亡骸の前でただ犯される事しか出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今の俺に自由なんて言葉は存在しない。今の俺は閉鎖病棟に拘束されて強制的に生かされ続けている。身体の自由を奪われて拘束されている理由は簡単で、俺が何度も自殺を試みたせいだ。
あの夜、目の前でエレンを殺されアランに無理矢理犯されて気絶していた俺は近隣住民の通報によって駆けつけた警察官に保護されて、そのまま病院へと搬送されたらしい。
エレンの敵討ちをするためにアランを殺すという目的のあった俺だが、目覚めた時にはもう何もかもが手遅れになっていた。
あろう事かアランは通報で駆けつけた警察官にナイフで襲い掛かろうとして、その場で射殺されてしまったのだ。
だから生きる目的が完全になくなってしまった俺は一刻も早くエレンのもとへと行くために病室の窓から下に飛び降りて自殺しようとした。
だがそれに気付いた看護師達数人に力付くでベッドに押さえつけられてしまう。そんな事を何度も何度も繰り返した結果、俺は普通の病棟では手が負えないと判断されて閉鎖病棟に移されてしまった。
ちなみに閉鎖病棟へ移される時に、この移動はあなたを守るために行っている極めて人道的な措置だと一応説明はされたが、俺としては全く納得なんてしていなかった。
俺はこれ以上生きる事なんてこれっぽっちも望んでいないにも拘らず、なぜわざわざ生かそうとしているのかが理解不能だ。本当に人道的な措置を取りたいと言うのなら、今すぐ俺を殺して欲しかった。
それにしてもあの日から一体何日が経過したのだろうか。1週間なのか1ヶ月なのか1年なのか、今の俺にはそれすら分からない。時間感覚などとっくの昔に無くなってしまっている。
完全にベッドに固定されて自由を奪われた俺に出来る事は目を閉じて幸せな世界を妄想をする事だけだ。
妄想の中で俺とエレンは結婚していて幸せな家庭を築いていた。俺とエレン、双子の娘達と4人で一緒に楽しい毎日を過ごしている。
「将来はパパと結婚したい? 残念だけどそれは無理な相談だな。だってそんな事になったら間違いなくママに殺されるぞ」
だんだん妄想と現実の区別が付かなくなってきた俺はよく最近1人でそんな事をつぶやいていた。目を開けている間は無機質な病室の天井しか映らないが、ひとたび目を閉じれば瞼の裏に幸せな世界が見えるのだ。
「……そうか、ようやく分かったぞ。今見てる世界が偽物で瞼の裏の世界の方が本物なんだ」
そうだ、きっとそうに違いない。こんなにも辛い世界が本物なわけが無いのだ。ならばもう偽物の世界を映す目なんて開ける必要がないだろう。それから俺が目を開ける事は二度となかった。
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