第28話IF  快斗君が寂しく無いように私もすぐにそっちに行くからね

「あそこから飛び降りれば目覚めるかな……?」


 ヒカルがアランと浮気するという気分の悪い明晰夢を見ている事に気づいた俺は、目を覚ますために窓から飛び降りる事を決めていた。周りにいたクラスメイト達は何やら俺に話しかけてきていたが、どうせ全部夢なのだから全て無視だ。

 窓へ一歩一歩近づく俺に対して後ろから近づいてくるクラスメイトもいたが、床に置かれていた何かにつまづいて盛大に転んでいた。彼は一体何がしたかったのだろうか。

 そんな事を思っているうちに窓のそばに到着した俺はゆっくりと窓枠に足をかける。するとクラスの中から複数の悲鳴があがった。妙にリアルな夢だなと思い始める俺だったが、今はこの悪夢から一刻も早く目を覚ます事が最優先だ。


「剣城君、早まらないで。そんなところから落ちたら絶対死んじゃうよ」


「これは夢なんかじゃなくて紛れもない現実だ。早く正気に戻れ」


 クラスメイト達は口々にそう叫んでいたが、先程と同じように俺は全て無視をして窓枠に立つ。下を見るとかなりの高さがあって一瞬恐怖を感じる俺だったが、どうせ全部夢なのだから関係ない。

 そのまま前に一歩を踏み出すと教室からは大きな悲鳴が聞こえてきた。そして頭から自由落下を開始した俺だったが不思議な現象が起こる。なんと周りの景色がスローモーションで見え始めたのだ。

 普段よりも時間の流れが何倍にも遅く感じたため、本当に不思議な感覚だった。まあ、夢なのだからなんでもありなのだろう。目が覚めたら何をしようかな。多分朝だと思うし、とりあえずシャワーを浴びてから朝ごはんを食べようか。地面に激突するその瞬間まで俺はこれが夢であると何も疑ってなかった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 1時間目が始まる前に席で友達と話していると、突然外から何か重い物が地面に落下したような鈍い音が聞こえてきた。不思議に思ったらしいクラスメイトの女子が窓の外を覗いた瞬間大声で悲鳴をあげる。


「いやぁぁぁぁぁ!」


 その声を聞いて外の様子が気になり始めたクラスメイト達が一斉に窓の外を覗き始めるが、同じように悲鳴をあげたりその場で嘔吐し始めたりしたため、クラスは一瞬で大パニックに陥ってしまう。私も同じように窓から下を覗き込んだわけだが、そこには信じられないような光景が広がっていた。


「……えっ、嘘でしょ」


 なんとそこには地面で血まみれになって動かなくなった快斗君の姿があったのだ。窓の外の様子に気づいたのは私達のクラスだけではなかったようで、周りのクラスからも悲鳴が聞こえてきていた。

 居ても立っても居られなくなった私は教室を飛び出して快斗君の元へと向かう。現場に到着するとおびただしい量の血で地面は真っ赤に染まっており、どう見ても助からなさそうな状態にしか見えなかった。だが快斗君が死んでしまうなんて事はとてもじゃないが受け入れられそうにない。


「私は快斗君さえいてくれればそれでよかったのに……快斗君のいない世界なんて……そんなの……」


 私は快斗君のそばで崩れ落ちて大声で泣き始める。それから後の事はよく覚えていない。ただ一つ確実に言える事は快斗君が死んでしまったという事だけだ。通報によって駆けつけてきた救急車によって病院に搬送された快斗君だったが、即死だったらしく助からなかった。

 快斗君の死によって私は生きるための理由と目的も全て失ってしまったのだ。もうこれ以上この世界で生きていく意味なんて無い。そう思った私は自殺する事を決めた。快斗君と同じ場所に行きたかった私は彼と全く同じ方法を使って同じ場所で死ぬつもりだ。


「快斗君が寂しく無いように私もすぐにそっちに行くからね」


 放課後の誰もいない教室に来た私は快斗君と同じように窓から身を投げ出した。落下中記憶が走馬灯のように蘇り始める。辛い記憶も多かったが快斗君と過ごせて楽しかった記憶も思い出す事ができたため最後の最後で少しだけ幸せな気持ちになる事ができた。もうこれで私に思い残す事はない。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 もう二度と戻る事が無いと思っていた意識が戻り私は絶望的な気分になっていた。どうやら私は運悪く一命を取りとめてしまったらしい。まあ失敗したならもう一度自殺するだけの話なのだから何も問題はない。

 そんな事を思う私だったがとある違和感に気付く。体の感覚は確かにあるはずなのに指一本動かせそうにないのだ。激しく嫌な予感を覚えた私は声を出そうとするがそれすら出来なかった。そして私は自分がどんな状態に陥ってしまっているかを察して激しく絶望する。

 今の私は恐らく閉じ込め症候群という状態に違いない。植物状態と勘違いされる事もあるが、それとは明確に違う点が1つある。それはしっかり意識があって視力や聴力などは正常という点だ。つまり外界を認識できるにもかかわらず、体を全く動かせない上に一切の意思疎通もできない状態となっている。

 よって今の私に出来る事は何もなく、文字通りただ生きているだけの状態だ。もはや自殺をするどころか死にたいと意思表示する事さえもできず、これからの長い人生をこのままの状態で生きていかなければならない。

 もしかしてこれは私が今まで犯してきた罪の報いなのだろうか。そんな事を考え始める私だったが結論は出そうになかった。だがそれを考える時間だけはいくらでもある。だって60年近くはあるであろう残りの人生という名前の地獄は始まったばかりなのだから。

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