第28話 俺は今夢を見てるんだ

 ヒカルと付き合い始めて最初は幸せだった俺だったが、最近学校の中で広まっている噂を聞いて激しく精神を揺さぶられていた。ヒカルを信じたいが、川崎千束という前例があるため信じきる事ができなかったのだ。

 そのせいで俺とヒカルの間に少しずつ溝が出来始めてしまった。だから付き合い始めたばかりの頃よりも俺達はギクシャクしている。以前までの俺なら絶対そんな噂なんて気にもしなかった。今の俺はどこかおかしくなっているのかもしれない。

 そんな事を思いながら学校に行く俺だったが、教室に到着するとクラス内が何やらおかしな空気になっていた。クラスメイト達は俺の顔を見た瞬間、哀れみの視線を送ってきており、剣城君可哀想という声まで聞こえてきているが、何のことかさっぱり分からない。


「……一体何なんだよ」


 訳がわからなかった俺は事情を知ってそうなクラスメイトに声をかける。


「なあ、俺が可哀想って一体どういう事だよ?」


「……昨日から学校の裏掲示板とかSNSでこれが出回っててさ」


 気まずそうな顔をしながらクラスメイトが差し出してきたスマホの画面を見て俺は完全に固まってしまう。なんとそこにはヒカルが誰かと抱き合ってキスしている写真が表示されていた。男は後ろ姿しか写っていなかったが、それがアランであるとすぐに気付く。


「……そうだ、これは夢なんだ。俺は今夢を見てるんだ」


「つ、剣城君。大丈夫、しっかりして!?」


 こんなつらい事が現実であるはずがない。どうやら俺は今明晰夢を見ているようだ。そうと分かれば話は早い。一刻も早く目を覚まして現実に戻らないと。周りは何やら騒ぎ始めているがどうせ全部夢なんだから所詮は脳が見せている幻に過ぎない。


「あそこから飛び降りれば目覚めるかな……?」


 どうやって目を覚ませば良いか考え始める俺だったが、ちょうど窓が開いているのが見えたためそうつぶやいた。こんな高いところから飛び降りたら死んでしまう可能性があるが、全部夢なのだから何も心配はいらない。


「や、やばい完全に正気を失ってる。早く誰か止めろ!?」


 一歩一歩窓に向かって歩いていく俺を誰かが後ろから羽交い締めにしてくる。妙にリアリティーのある夢だなとぼんやり考えていると思いっきり顔をビンタされた。


「痛い……あれ、何で夢なのに痛いんだ?」


「剣城、しっかりしろ。これは全部現実だ」


 頬がじんじんと痛み始めた事を不思議に思っていると、ビンタしてきたクラスメイトは悲しそうな顔でそんな事を言い出したのだ。頬の痛みと現実という言葉を聞いた俺はこれが夢なんかじゃなかった事を悟り、ついに耐えられなくなってしまう。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「ねえ、知ってる? 1時間目の前に他のクラスで起きた事件」


「知ってるよ。だってうちのクラスまで絶叫する声が聞こえてきてたし」


「彼女に浮気されて自殺未遂でしょ? 本当可哀想だよね」


 快斗君が錯乱して窓から飛び降りようとした事件は昼休みに突入した現在では学内中に知れ渡っており、私のクラスでも話題の中心になっている。ちなみに快斗君は発狂して絶叫をあげた後、痙攣しながら意識を失って倒れたらしくそのまま救急車で病院に搬送された。


「ここまで大騒ぎになるとは思ってなかったけど、これで飛龍ヒカルとは別れる事になると思うし、結果オーライかな」


 そんな事をつぶやきながらいつものようにお弁当を持って屋上へと向かう。そして屋上に続く階段を登っていると、その先から男女の口論するような声が聞こえてくる。


「こんな趣味の悪い合成写真を裏掲示板とかSNSにアップロードしたのは全部あなたの仕業だよね。私と快斗君を苦しめて一体何がしたいのよ」


「こ、これには深い事情があって……」


 扉の隙間から屋上の様子をそっと覗くとそこには飛龍ヒカルとアランの姿があった。あの女は大激怒しており、アランを一方的に責め立てている。アランはというとすっかり萎縮してしまっていて完全に言われるがままの状態だ。

 あの写真を作ってアップしたのは全部私の仕業だが、どうやら飛龍ヒカルはアランが犯人だと勘違いしているようだ。だからアランにはこのまま悪役でいてもらおう。とりあえず今屋上に出ていくのは得策では無いと思った私は教室へと戻り始める。


「あれ? エレンが昼休み教室にいるなんて珍しいね」


「今日はちょっとつらい事があったから1人になりたくなくて」


 教室に戻ると仲の良いクラスメイトから声をかけられたため適当にそう答えた。するとクラスメイトは悲しそうな顔になって口を開く。


「……そっか、エレンは剣城君と幼馴染で仲良かったもんね」


「うん、だから誰かそばにいて欲しくて」


 私は辛そうな表情を浮かべながらそう口にした。正直そんな事は心にも思っていないわけだが、普通の女の子なら多分こんな感じの反応をするに違いない。

 壊れてしまった私は既に普通では無くなっているが、周りから怪しまれないためにもよく普通の女の子を演じている。それから私は普通のふりをしながら昼休みを過ごした。

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