第46話 作戦、ひとり決行〈佐久間凛花〉
これ‥‥‥
存在は知っていた。この家を買ってから気がついたのよ。入居前の掃除をしていた時に。
ダイニングリビングの家具を端に寄せ、敷物を外すと、そこにうっすらと現れたのは‥‥‥
大きなサークル。中心はひらいたお花の模様。縁にはたくさんの漢字が書かれているようね。
もうひとつ別に三角地帯があって、各辺には『召』『籠』『絆』と、思われる文字が薄く浮かんでる。
前の住人がデザイン的に描いたけれど、売る時には憚られてワックスを塗り込んで目立たなくさせて誤魔化したのだと思っていた。
まさか、悪霊を封印するために描かれていたなんて‥‥!
沙衣さんによれば、三角の方は霊の召喚と閉じ込めで、このサークルの方は悪霊から避難するための守護魔法円だと言った。
私たち3人は今、その円の中に入ってる。
本当にこんな落書きに効果があるのかしら?
私には沙衣さんに手渡された破魔矢も手元にあるけれど。
ここには災害に備えて作っておいた非常用セットのリュックを二つ、キャビネットの奥から引っ張り出して用意してある。いろいろなお役立ちアイテムが入ってるのよ。四次元ポケットには負けるけれど。
そして今、レイヤと沙衣さんが私を挟んだ左右で口喧嘩している。
レイヤが知り合いにSNSでSOSを送ろうとしていたから。
でも、何回繰り返してもスマホは誤作動を起こして送信出来なかったらしい。
レイヤが早速禁忌を破って秘密を外部に漏らす所だったと発覚して、沙衣さんが怒ってる。
『それがきっかけで神谷家の協力が得られなくなったらどうすんだよ?』
『俺たちがこの家から出られない以上、外部の協力は必須じゃないですか?』
『はい? そのあんたの知り合いに悪霊払い出来んのかよ?』
この二人、とても相性が悪いみたい。
「落ち着いてよ、二人とも」
私は非常用袋から取り出したチョコレートを1つづつ、レイヤと沙衣さんの口に押し込む。
これで二つの口は封じたわ。
「んっ‥‥」
「うぐっ、なにこれ!」
「レイヤは未遂だもの。結果何も変わってはいないわ、沙衣さん。レイヤも約束は守るべきよ。それに幽霊が出たから助けてくれなんてSNSで送っても、冗談だと思われるだけよ」
「うへっ、チョコかよ‥‥あっま‥‥」
あら? 沙衣さんはしかめっ面。甘いものが苦手だったのかしら?
「‥‥ごめんなさい。だって、口喧嘩が止まらないし。じゃ、これを」
非常用袋からミネラルウォーターのペットボトルを出して渡した。
「ったく、遠足じゃねーんだぞ?」
ツンツンしながらも口許は笑ってる沙衣さん。
「うふふ、バナナもおむすびも無いけどね」
沙衣さんは最初は取っつきにくい雰囲気だったけれど、ちょと馴れて来た。
ぶっきらぼうだけど、悪い人じゃない。トシエさんが現れた時、咄嗟に私とレイヤを先に逃がしてくれたもの。
もうすぐここにも来るのかしら? 怖いわ‥‥
ヒタヒタと恐怖が迫るこの緊張感。
私は二人の男性に挟まれてるからそれでも心強い。
幽霊なんて、この家から必ず消してやるの!
レイヤは誰にも渡さないし、私の体も守る。私には作戦があるの。
もう一人の白無垢さんという幽霊の方はどこにいるのかは、わからない。本当にここにいるのかも。見たことないし、気配すら感じはしない。
あら? レイヤは私が注意したせい? 不機嫌になって、そっぽを向いている。
今はそっとしておきましょう。
「あ‥‥‥」
急にシーリングライトが消えた! 停電‥‥‥
「凛花! こっちへ」
レイヤが私を抱きしめた。
「レイヤ‥‥怖い‥‥私‥‥‥」
私はレイヤの袖をぎゅっと握る。トシエさんが来るの?
「うっわ、真っ暗だな」
沙衣さんの声。
「懐中電灯があるわ」
私はレイヤから離れてリュックの中を探る。
「これじゃほとんど見えねーな? 遮光性カーテンなんだろ? 開けておこうか。懐中電灯より全体が見えるんじゃない?」
沙衣さんが部屋のカーテンを開けるために魔法円から出た。
静かな部屋に、シャーッと大きな音が響く。
道路の防犯灯や月明かりが入って、暗いながらも困らない程度に回りは見えるようになった。
「向こうのカーテンも開けとこうか。その方がもっと明るくなんだろ?」
──沙衣さんが部屋の奥の方のカーテンを開けた時だった。
沙衣さんが、パッと一歩飛び退いたした。
「‥‥‥お‥‥お母さん!」
そこに現れたのは‥‥‥
「‥‥邪魔‥‥して‥‥沙衣は‥‥悪い‥‥子ね」
さっきは恐ろしくてそこまではっきりは見えてはいなかった。
これがそうなのね‥‥‥
薄暗い部屋でもくっきり見える以外、トシエさんの姿は生きてる人間と同じように見える。
暗い色のドレスを着た色白のお人形みたいな女の人。とてもきれいな人。私と年端も変わらないように見える‥‥‥
「‥‥‥なあ? もういい加減大人しく成仏してくれよ」
沙衣さんは、ジリジリ後退りしながらかすれた声を出した。
私は急いで非常用バッグから小さな折り畳みナイフを取り出す。これは10ツール揃ったアーミーナイフ。
急がなきゃ! まさかこんなにすぐにチャンスが訪れるなんて。
私は破魔矢の棒のままの先端をナイフで削る。鉛筆のように尖らせるの。
──これをトシエさんの心臓にこの手で突き刺す! それが私の作戦よ。
あの霊がこの家にいることは許さない! ここはレイヤと私だけの小さなお城なんだもの!
いきなり工作を始めた私にレイヤは困惑してる。
「凛花? 何してるの?」
「武器にするの。近くに来られたら守護ツールだけでは不安でしょう?」
「ああ、この魔法円ってやつもどうなんだかわからないしな。俺から離れるなよ? 凛花は俺が守る」
レイヤのその言葉はとても嬉しい。でも、私たちは対等よ。ただ、頼るだけなんて嫌だわ。二人で支え合って生きていきたい。
薄暗い中、私は削った先端をかざして確かめてせっせと修整する。
レイヤは塩のビンを手に取った。
「沙衣くんがヤバい‥‥残り少ない塩‥‥今使うべき?」
ちょっと優柔不断なところがあるの。レイヤは‥‥‥
「今は‥‥その時じゃないわ」
──さあ出来た! 不細工な削れようだけど、これだけ尖れば十分だわ。
今からすること、レイヤに言えば止められるに決まってる。
「‥‥ありがと。愛してる、レイヤ‥‥」
私はレイヤの頬にキスした。
向こうでは沙衣さんが壁際に追い詰められている。
──行ってきます。私がこの家を守るわ。あなたと私の大切なこの場所を。
私はパッと魔法円を飛び出した。尖らせた破魔矢をキツく握りしめて。
「えっ?! 凛花っ!」
背中でレイヤの声が聞こえた。
そこまでは一瞬だった。
──グサリ
お豆腐を刺したみたいにするっと深く入った。
無言でトシエさんの背中を一刺しした私。
お願い!! ここから消えて下さい!!
私とレイヤの幸せを壊さないで!!!
──えっ!?
トシエさんの首が真後ろにクルリと向いた。
「ヒッ‥‥!」
私は、恐怖の余り、声が出ない。動けない。
美しい顔だから、余計にゾッとする。
その焦点のない瞳と、色っぽくふくらんでる赤いくちびる。
「‥‥なに‥‥する‥‥の?」
そしてシュルッと首から下が回って胴体がこちらを向いた。
首を傾げた不思議顔。
「キ、キ、キャーーーーーーッッッ!!!」
私の意識は遠退く。
──暗転。
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