第45話 継母、による残痕〈河原崎沙衣〉
──河原崎さん。いえ、私も沙衣さんとお呼びしますね。私、幽霊に今、取り憑かれてわかったことあります。一時的に一心同体になったせいかしら? あなたと、お
──そう! 私は憑依によって何もかも知ったのよ!! 沙衣さんはトシエさんを封印したことで恨まれているんでしょう? だから、もう隠し立ては不要よ? 沙衣さんから全て話して下さい。
さっから俺を脅すかのようなこのセリフ。俺の弱みを握ったとでも思ってんの?
まったく食えない女。佐久間凛花。
人を呼び出しておいて、くだらない悩み相談して来て、挙げ句にこの態度。
なんっかさ、計算高い女だよな?
レイヤって言う、うすらボケた、だが社会的にはハイスペ男が若くしてこの女に捕まったのは納得だわwww
徐々にわかって来たこの夫婦の実情。う~ん、お似合いだぜ?
一瞬でも羨んだ俺は俺を恥じる。
この女、トシエの憑依により、トシエと俺の関係を知ったなんて、聞き捨てならないこと言ったよな?
多分、それでさっきから俺に強気で出てるんだ? 取り憑かれたのは俺のせいだとでも? あの、愛憎に満ちたトシエと俺の親子関係を知ったわけ?
その内容は人の汚い場面ばかりが思い浮かぶ。アメとムチでいいように操られてた俺。
──確かにね、他人から見たらスキャンダラスでオモシロイかもね。
わずかにはあると信じていた俺への愛情は偽物だったって気づいた時の絶望。
俺は生きるために殺人計画を立てて、幸運が味方した。そして今の生がある。
ぬくぬく育って来たであろうあんたらにはこの暗闇なんて、解る筈もない。
──この女。
さっきから気づけば俺を見てるし、その目の奥は俺を嗤ってるような気がする‥‥‥
どこまで知ってやがる? この『何もかも』って、いくらなんでも、んなわけねーだろ。
落ち着け。この夫婦はムカつくけれど、俺はこの事態をなんとかするべきで。
佐久間凛花の言葉は、俺を不安に陥れるものであったと同時に、5人で交わした秘密保持の誓いの呪縛を解いた。
これに乗っかれば俺が桐箱について話す根拠は保たれる。
俺だってある程度この夫婦に知って貰わなきゃやりにくくて困ってた。
そして、今の内にこれだけは釘を刺しておかなければならない。
『何もかも知った』なんて、見え透いた張ったりをかます女。
俺を脅して優位に立とうとしてんだろ? そうはさせるか!!
俺はこの女の知らないであろうことを話して牽制した。
「‥‥‥白いって?‥‥それは‥‥‥えっ?」
「フッ‥‥やっぱりな。ふざけやがって。あんた、本当はほんの一部しか知らないよな? で、俺についてトシエを通じて何か知ったのなら、それは個人情報だ。口が裂けても誰にも言うな! 旦那のこいつにもな!」
「そー、そうね。どうやら知ったのは全てではないみたい。私の思い込みだったわ。私に取り憑いたのは沙衣さんの継母の幽霊で、あなたを恨んでいるということを知ったの。それだけよ。気持ちと記憶を一時共有したから」
‥‥ったく、しらじらしい言い訳するし。
「えっ? 何? わかんない。俺だけ仲間外れ?」
能天気なジェラシー旦那。
いや、これはお前の凛花と俺の攻防だってばよ。
この女が、俺個人の過去について言及することは許さない。
トシエと俺のこの醜い関係を知っているのは一緒に体験していた妹のレイラだけだったけれど、その当時幼かったレイラには、当時の記憶は断片しか残っていない。
まさか、あの事まで? こんな形で過去を赤の他人に触れられるなんて‥‥‥
まずは、この封印箱に関わることに関しては、秘密保持しなければヤバいことになり得ることを二人に説明した。
隣の二見さんとその実家の神谷家のこととか、白無垢さんがここにいる理由も説明した。
二見さんがこの家にトシエの霊が住んでいることに気づいたことがきっかけで、シンさんと俺も加えた3人で、この家の2体の幽霊を封印したこととかも。
もちろんそこまで細かいことは言わない。
トシエがここにいる理由とか、死んだ経緯なんて聞かれたら困るし、適当に流して説明した。
封印についても、ただ『二見奥さんが父親直伝で後継している儀式を
だがこの概要を知っただけで二人は納得したようだ。
そりゃ、こんな信じ難い話を急に聞かされたら、すべてが疑問過ぎて、突っ込みどころもすぐには思いつかないだろうな。
急がなきゃなんない。二見さんを連れて来なければ。
はっきり言ってもう他人の家に伺うのは非常識な時間だ。ここは男の俺が行くより女性の凛花さんにお願いした方がいいだろう。
俺は使いを引き受けた凛花さんを玄関先まで送ろうとしたら、旦那が突っかかって来た。
「待てよ! 河原崎さん! そのまま逃げ帰る気じゃないんですかっ?
何なん? 俺がこの事態を放置して逃げる男だと思ってんのかよ? そんな発想すら無かったけど。
玄関でも、念押しレイヤさん。
「じゃ、凛花、頼むな。沙衣くんはここから出ないで下さい。隙を突いて逃げても連れ戻すからな!」
「‥‥信用ねーな。勝手に言ってろ!」
何なん? そんなに俺と一緒にいたいのね。ハイハイ。
「じゃ、行ってきます」
凛花さんはこの男は俺に任せてさっさと行こうとした。
──そして俺たちは異変に気づいた。
ガチャガチャ‥‥
「‥‥あれ?」
ガチャガチャガチャ
「‥‥‥え?」
「開かない?! 何でだよ?」
レイヤさんが玄関ドアにドンと体当たりした。
「どういうことだよ‥‥?」
俺はふと、薄暗い向こうを見た。
この玄関続く廊下の向こう。
懐かしき攻防の場所。
ここの廊下は‥‥俺が誘惑して来たトシエを押し倒して‥‥‥
一番奥は俺が白無垢さんに襲われ、絶体絶命になった風呂場。
そこのトイレの扉の向かい側は、シンさんの部屋だった。
そこはトシエが死んだ場所。
──あー、そうだったよね。二見さんが言ってたっけ。
そこは力を失ったトシエが繰り返し復活する拠点。
‥‥‥今も同じなんだ‥‥‥繰り返すあの場面。
血塗れのトシエがシンさんの部屋からゆっくりとゆっくりと出て来た。
その血濡れは早戻しモードのように消えてゆく。
あの時とまったく同じ。
──来る?‥‥‥こっちに。
「‥‥お‥‥‥お前ら‥‥すぐに2階に戻れ‥‥早くっ!!」
かすれた声しか出ない。手を振って合図した。
「え? ヒッ‥‥!」
レイヤさんが立ちすくんだ。
「こ、これは、トッ、トシエさんなのッ!!」
凛花さんが後ろから、俺の上着の背中にすがりつく。
「凛花さん! レイヤさんと階段上れッ!!」
レイヤさんが床に置いた破魔矢を素早く拾って、俺の背中で隠れてた凛花さんに差し出す。
一番に危険なのは凛花さんだ。
凛花さんはサッと破魔矢を受け取った。
「レイヤッ!!」
片手に破魔矢、片手にレイヤさんの手を引き、階段をかけ上った。
俺は塩の大分減ったビンを手に持つとトシエに向かって一投げし、もうそっちは見ないで階段を一段飛ばしで駆け上がった。
リビング扉の前に、取り急ぎ形の悪い盛り塩をしてから中に入って扉を閉めた。
手が今頃震えてる。
リビングでは、凛花さんが立て付けの収納扉を開けてガサゴソしていた。
レイヤさんは貧乏揺すりしながら、スマホで何か検索している‥‥
そして今、俺が出来ることは‥‥‥
「レイヤさん、このテーブルそっち側持って下さい。そっちの端へ動かしましょう」
この、魔法円を
でも、この俺に他にどうしろと?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます