第43話 洞察、ついで質疑〈佐久間凛花〉

「凛花、話すのはもう少し休んでからでもいいんじゃない?」


「私は大丈夫よ? これは大事なことだから」


 少し頭の奥がモヤモヤするけれど、問題無いわ。



「じゃあ、俺も話しておきたいことがあるから先に聞いて欲しい。いいかな?」


 レイヤが右腕で私の肩を抱きながら左手で私の髪をスーっと撫でた。



 嫌だわ、レイヤったら。人前でいちゃつくようで。河原崎さんがいるのに。


 私が伸ばした手に怯えたことを気にして取り繕っているのかしら? そんな必要は無いのに。



 私はさりげなくレイヤを押し返す。


「レイヤにも話したいことが? わかったわ。どうぞお先に」



 レイヤの目が少し泳いだ? 気のせい?


 私、ちょっと冷たい言い様になったかしら? 



「えっとじゃあ、凛花も河原崎さんにも聞いて欲しい。実は───」



 実は──


 天井から落ちて来たのは実は傷んだクロネコの遺体。そして、女の幽霊を見たことがあっただなんて!


 私を怖がらせたくはないし、目撃した幽霊は、寝ぼけた見間違いだろうと思って黙っていたと語った。



 それは優しさからの配慮ではあるらしいけれど‥‥‥


 レイヤは肝心なことは私には黙っていたのね。もしかしたら、他のことでもそうなの?



 私と共有しないで一人抱えて隠してるって?



 その愛情には感謝するけれど、だけど腹立たしいような、‥‥‥複雑だわ。



 水漏れや突然の停電のことについても、ずっと放置していたことを謝って来た。



 そう。静かな時に突然音が始まって、薄気味悪かった。風のないのにドアが鳴ったり、水がポトポト落ち始めたり。


 こういうの、何回も続くと、どうにも敏感になってしまって、しずしずやんわり神経を削がれてくというか。


 お風呂でひとりの時に限って急に電球が切れて真っ暗になったり、夜、自室のベッドの中で、小さな電気スタンドをつけて本を読んでいると急に消えて、スイッチを押してもつかなくて。


 他で特別電気を使ってるわけじゃないのに、ブレーカーが下りていたことに気づいた。レイヤは自室で寝ていて気がつかない。



 そう、これらはレイヤが外出中や自室で別々に過ごしている時のことばかりで、言ってもあまり関心を持ってはもらえなかった。


 ただ、ブレーカーのスイッチを自分で戻せばいいだけだし、実害ってほどでも無かったから、私も積極的に直そうともしてなかったけれどやっぱり気になって。



 これらも、この幽霊登場の予兆だったのかしら?


 この展開をかんがみると、そんな気がするわ。



 私、幽霊の正体に気がついてる。取り憑かれてその記憶が一部、私にも流れ込んで来たから。



 ──あれはこの河原崎沙衣さんのお義母かあ様だわ。


 それは間違いは無い。



 彼女は沙衣さんを見たくはないの。その顔を。


 自分の前の奥様、つまり沙衣さんの本当のお母様を思わせるその美しい顔を。だから、幼かった沙衣さんにあんな酷いことを‥‥‥


 嫉妬の対象の代替えになった幼き男の子。それが沙衣さんだった‥‥‥



 そして、今は彼を憎んでいる。成長し、大人になった沙衣さんから受けた封印という仕打ちに。


 沙衣さんは捨て身でこのトシエさんの霊魂を黄泉に送ろうとしたから。




 概要は掴めたような気がする。


 私の知り得たこれがすべてでは無いから、疑問はあれこれ浮かぶけれど。



 私は、前髪で隠れ気味の沙衣さんの顔をそっと見る。



 あなたは私とはまた違った被害を受けて育ったのね‥‥‥


 私の蘭花からの被害はつい最近まで続いていた。今だって完全に終わったとは言えない。自分で撰べない家族の存在って本当に厄介だわ。



 そして、それはあなたも同じようね。



 死した存在に、なおも苦しめられてるなんて、ぞっとする‥‥‥



 同情はするけれど。



 ──でもね、私たちが巻き込まれる筋合いは無かった。


 なぜ、河原崎さんの家でなく、この家に封印されし桐箱が置かれていたのかも謎。


 茉莉児さんはどうして自宅に置くことにしたの? 隣の人の霊を封印した箱なんでしょう? この家の床下にしまうのはとても不自然なことね。


 そもそも茉莉児さんは中身を知らなくて預かって、すっかり忘れていたって可能性もある。河原崎家から、お金を受け取って隠しておくように頼まれたってことも考えられると思うの。



 他にも彼には聞かなければならないことはあるわ。



 ──闘う前に。



 残念ながら、私たち夫婦はこのまま一抜け二抜けは出来なくなった。



 だって、私に取り憑いた悪霊、トシエさんは──



 この私に、私の大切なレイヤに酷いことをさせたんだもの。私を妬み羨んで。


 私になりたかったのよね?


 ただ一人の男性に愛し愛され、女性として幸せを掴んだ私になってみたかったのよね?


 あなたとは対局の人生を歩んでる私。でもこれは私の忍耐と努力で手に入れたものなのよ。大人ならおわかりのはずだわね?


 この立ち位置は、楽で安易にお金と快楽を求める生き方を選択して得られるものじゃない。



 ──許さない。私の幸せを横取りしようとした存在を。壊そうと企む存在を。



 レイヤの話を黙って聞いていた沙衣さんが、ボソッと言った。



「‥‥そのネコかどうかはわかんないけど。シンさん、黒いネコ飼ってたみたいだぜ? 俺は一回しか見たことないけど‥‥‥」


 続けて『俺の塩‥‥‥』と、独り言が聞こえた。



「えっ! じゃあ、茉莉児さんがそのネコを置いたまま引っ越して?」


 レイヤがバッと沙衣さんに向き直った。


「さあ? 俺は茉莉児さんとは親しいわけじゃなかったし、詳しくは‥‥」



 親しくもないのに今、『シンさん』呼ばわりしてたよね?


 この人、本当のことを言ってくれるかわからないわ。どこまで信用していいやら。



「そのネコが、天井裏に住み着いていて、そこで命尽きたってことなのかしら?」


「クロネコなんて多そうだし、絶対とは言い切れないけど、可能性は高いかもな」


 レイヤが思案しながら私に同意を求めてる。



「でも、おかしいじゃん。ネコは死んじまったはずなのに、また天井裏の音は始まったんだろ?」


 沙衣くんが天井を何気に眺めながら言った。



 ──この話はもう、これ以上進まない。ここまでよ。



「ネコ仲間がいたのかも。ねえ、その話はここまででいいかしら? 今の段階では天井裏の件は幽霊と直接の関係があるとは言えないわ。レイヤが見た幽霊のことはともかくとして。次、私の話、してもいい?」



「‥‥ごめん。どうぞ、話して」



 なんだかさっきからレイヤがおかしい。


 人前で私に触って来たかと思えば私の一言にビクついて目を泳がせたり。



 ‥‥そうよね。私はレイヤの首を締めたんだもの。私のこと、恐ろしいの?


 確かにこのままではまた起きるかも知れない。だからこそ───




 ──今はこっち優先よ。




「河原崎さん。いえ、私も沙衣さんとお呼びしますね。私、幽霊に今、取り憑かれてわかったことあります。一時的に一心同体になったせいかしら? あなたと、お義母かあ様のトシエさんとのこと‥‥といえばお分かりかと」



 私は立ち上がり、塩がざらつくソファに座った沙衣さんの背中側に回った。



 私を目で追って立ち上がった沙衣さんと、ソファを挟んで対峙する形になった。



「マ? えっ?! えっと、それってどういう‥‥‥? 何で‥‥‥? 何のこと?」



 私、あなたを至極動揺させたようね。




 話して頂くわ。全てを───




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