第20話 隠見亡霊〈二見早苗〉

 私たち3人は階段を上がる。


 3階のご夫婦の各お部屋は、たぶん生前そのままで、どちらの部屋もほこりがうっすら積もっていて、なんとも切なくなった。いなくなったなんて信じられない。


 きっちり片付けてからお出かけになったのね。


 思い出されるあの最後の姿。


 

 あの時、間に合ってご夫妻に声をかけられたとしても、私に行くのを止められるはずもなかったと思うのよ。


 奥さんの立ち話からして、白無垢さんは越して来た茉莉児さんの旦那さんに何十年と執着していたのよね。


 旦那さんは、大企業にお勤めで、家に寝に帰るだけの生活だったらしい。ならば、睡眠中に少しずつ生気を奪われていたと見ていいわよね。殺さぬように、少しずつ‥‥‥


 早期退職してからは、湯治で回復して、だけど家で生気を奪われるローテーション。


 だけど、湯治の回を重ねる毎に回復幅は狭まっているのは感じていたわ。


 これは私の想像だけれど、もう中年を過ぎつつある男性は用済みになったから一気に搾り取って消されてしまったのではと想像してる。


 次はシンさんの番なのかしら。怖いわ。あれからお祓いは続けているのかしら?



「シンさん、お祓いは続けているの? まさかあれきりなの?」


「お祓いもけっこうな額取られるじゃないですかぁ? あれきりだけど、特に問題無く過ごしてるしよ」



 その痩せようは問題無いとは思えないけれど。基本丈夫そうだし、少しづつだと自覚症状が余りないだけなのかも‥‥‥



 ──白無垢さんと、トシエさん。



 いるの? いないの? 


 ‥‥‥急に緊張してきたわ。


 ドッキン、ドッキン‥‥‥自分の心臓の音が妙に響いてうるさく感じる。


 

 ‥‥‥パッと見、どこにもいないみたいね。この二つのお部屋では何も感じない。


 ホッとして大きく息を吐いた。

 


「茉莉児さん。私、旦那さんと奥さんのどちらの部屋からも、幽霊の気配は感じられませんでしたわ」


「‥‥‥マジ? ちょっとホッとするな。俺、あん時、お祓いと御札でこんだけ取られたんだぜ? 河原崎さ~ん」


 シンさんが手のひらをパーに広げて沙衣くんに見せた。まるで請求しているみたいね。



「‥‥‥俺んちでは義母は生きていると信じてますので‥‥‥」


 沙衣くんはしらっと目を横に反らした。



 嫌だわ。私が誘ったせいで沙衣くんにこれ以上、嫌な思いをさせてしまうのは。



「じゃ、ここは済んだし、次2階に早く行きましょう。シンさん」


 さっさと背中を押した。



 さっきの遺影の飾られた畳の小部屋とその横の広いリビング。


 トイレまで見せられたけど、白無垢さんもトシエさんもいない。茉莉児さん御夫妻も。


 私が首を横に振ると、シンさんは満足そうに頷いた。


 高まっていた私の緊張も、ちょっと解けて来た。



 私の心配は杞憂だったのかもって。考え過ぎて、疑心暗鬼になっていただけかしら‥‥‥

 この分じゃ、白無垢さんの謎を解くヒントは見つかりそうもないわね。



「じゃあ、1階見て終わりだな。俺、普段は1階しか使ってないんだよな。もともと上は親しか使って無かったし。問題無く過ごしてるから大丈夫だと思うけど、一応見てやってよ」


「ええ、これで最後ね」


 シンさんを先頭に、私、沙衣くんの順で階段を下る。



 ‥‥‥あれれ? 



 何だか、一段下りる毎に胸がさわさわする。来た時には平気だったのに‥‥


 思わず振り向いて沙衣くんを見た。目が合って沙衣くんは、『ん?』と、首を傾げた。


 沙衣くんは、何も感じてはいないのね‥‥‥



 私は無言のまま前に向き直ると、シンさんのいくらか薄らぎつつあるつむじが見えた。


 やはり、今も生気を奪われているのでは‥‥と、一度静まって来ていた疑念が再び首をもたげて来る。



 一歩下りる度に空気が冷たく感じるわ。こんな感覚は初めてよ‥‥‥



 じわじわ恐怖が迫る感覚。



 1階に着くと、私は無意識に沙衣くんの袖を握っていた。


「‥‥あ、ごめんなさいね。沙衣くん」


 慌てて手を放した。



「気分が悪いのかな? 大丈夫ですか? 二見さん顔色が悪いかも‥‥‥」


「いえ、大丈夫‥‥‥」



 ドキッとした。私に向けるその顔。


 子どもだと思っていたのに、いつの間にか男性に変わってしまっていて複雑な心境だわ。


 もちろん、沙衣くんなら彼女いるわよね。いわゆる優男だし。‥‥‥この雰囲気、陰で相当遊んでるかも。なーんて。


 私ったら下世話ね。てへへ‥‥‥って、今はそんなこと。



 沙衣くんに気を取られたのも一瞬。胸のサワサワは続いてる。



 私たちにお構い無くシンさんは進み、電気をつけて風呂場のドアを開けて見せた。


「ここが風呂洗面とトイレ」


 私が洗面所を見ている間に、シンさんはもう自分の部屋の扉を開けていた。


「そっちはユーティリティでここは俺の部屋」


 シンさんの声がしたのと同時に、私は息を飲んだ。



「‥‥‥ヒィッ!!」


 今、洗面台の鏡の中に一瞬‥‥‥



 急に後ろに下がったので沙衣くんにぶつかって支えられたけれど、膝がカクカクして止まらない‥‥‥


「二見さん、大丈夫ですか?」


 沙衣くんに腕を取られて、何とか震える膝を支え直した。



「みっ、見たっ? 今のっ‥‥‥」


「え?」


 沙衣くんは気づかなかったの?



 鏡の中に刹那現れたのはトシエさん、で、その背後にはピタッと白無垢さんがッ!!!



 幽霊同士、仲良しさんになってる?


 ううん、幽霊のトシエさんに地縛霊の白無垢さんが取り憑いてる??


 幽霊に幽霊が???




 ‥‥‥嘘でしょう!? 





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