第9話

 悪役令嬢、それは周囲からことごとく鬱陶しがられる存在。どうせ学園に入学したら、そんな役割が自分には課せられる事になるだろうとカサンドラは諦めていた。


 結局は小説の中の話じゃないか!と、両親は呆れたように言うけれど、鳳陽小説を侮るなかれ。カサンドラが連日、アルノルト王子の側に侍るようになった途端に、連日、興奮しながら集まっていたレディたちは潮を引くように下がって行ってしまったのだ。


 王子には婚約者が付き物であり、学園に入学をすれば邪魔者の女子生徒たちを排除する為に動き出すのが悪役令嬢(婚約者)の役割という事になる。

 実際問題、周りの生徒の所為で王子の学業に支障が出るようになれば側近もしくは婚約者の責任問題となる場合が多い。


 王子のサポートをしてなんぼと言われるカサンドラは、まず、最初の一ヶ月ほどは王子の登校時に近衛兵に付き従ってもらい、連日、早朝に、王子の席に詰め込まれる菓子やプレゼントの類の処分を頼む事にした。


 そうして学園長には、全校生徒に対して、王族の入学に興奮するのは仕方がないが、現在王子の生活自体に支障が出てきているし、渡されるプレゼントの中には危険物が含まれる事も多くなっている為、王子へのプレゼントの一切を学園では禁止する事にすると宣言させた。


 実際問題、王子に渡されるプレゼントの中には、自分の髪の毛や爪を混ぜ込んだものが複数発見された為、王宮内でも問題になっていたわけだ。


「禁止事項を破った者は即、退学とする」


と、学園長に宣言してもらい、廊下には王子にしてはいけない三ヶ条を貼り出してもらう事とした。


プレゼントを渡さないとか、王子の私物を盗まないだとか、王子に直接触らないとか、どうしても触れなければならない場合には許可を取るとか、内容としては本当にくだらない物となったものの、これを行う事によって周囲の沈静化を図る事が出来たのだ。


 ただ、お触りは駄目でも、話しかける事は可能となっている為、カサンドラの牽制はある程度必要となってくる。


「カサンドラ様!見かけがまさに悪役令嬢ですわ!」

「カサンドラ様は貫禄が悪役令嬢なのですわよ!」


 まんまと悪役令嬢枠から抜けたコンスタンツェとカロリーネは興奮の声をあげているけれど、確かに自分でも悪役令嬢ポジションだと思っている。


 素朴で可愛い女の子たちに睨みをきかせて、半径一メートル以内に侵入しないようにオーラを放つ。いわゆる人が近付き難い不機嫌オーラという事になるのだけれど、派手な顔、性格がキツそうに見える悪魔的な紅玉の瞳、派手すぎる金色の髪、この見かけが周囲に圧力を与えている。カサンドラは突撃系女子が今後増えるようであれば、縦巻きロールも取り入れようかと考えている。


鳳陽小説の悪役といえば縦巻きロールと相場が決まっているのだが、これをするには朝は相当に早く起きなければ準備が間に合わないだろう。

「縦巻きロールは最終手段よ」

と、カサンドラは思っているのだが、二人の侯爵令嬢は早く縦巻きにしないかなと思っている。二人は幼い時から鳳陽恋愛小説のファンなのだ。  


 悪役として周辺の女子に睨みを効かせ、王子の事で喧嘩にまで発展したキャットファイトの仲裁に入る。


カサンドラもヒロイン探しを続けているのだが、なかなかこれという人が見つからず。

 王子の恋人といえば平民だと考えて、色々と調べて回ったけれど、勉強する事にいっぱいいっぱいの彼らには、王族とどうのとなれるような余裕が見られない。


「来年の入学生の中にヒロインが居るのでしょうか・・・」


 カサンドラの頭の中では、アルノルト王子は学園で運命的な出会いを果たし、邪魔になった婚約者を卒業式のパーティーで断罪するのは決定事項となっている為、いつ平民になっても良いように、掃除、洗濯、簡単な料理は出来るようになっている。


 カロリーネが嫁ぐ予定のモラヴィア王国の銀行に自分の資産の一部も移しているし、なんなら、自分名義で出版社をいくつか立ち上げてもいる。

 自分が断罪確定となったら、私は冤罪だと新聞の号外で王都中に配ることまで考えているというのに、肝心のヒロインが現れない。


「カサンドラ様!助けてください!助けてください!」


 教室の移動中でもあり、珍しく一人でカサンドラが廊下を歩いていると、一人の可愛らしい女子生徒が瞳に涙を浮かべながら声をかけてきた。

「王子様を巡って、またケンカが始まったんです!先生を呼びに行ったんですけど、高位貴族の方なので収集がつかなくなってしまって!」


 小動物を思わせるような可愛らしい顔立ちをした少女は1学年上の制服を着用していた。王立学園は制服が決まっており、学年によってネクタイのカラーが異なるのだった。


「まあ、それは大変ですわね」

 王子様を巡ってと言っても、自分の方が目が合った、いやいや、私の方を見てくれたのよ!というものから、王子は私の事を好ましく思っている、いやいや、私の方が可能性としては高いわよ!といったような妄想からの発展から発生する女子生徒同士の喧嘩はくだらないものがほとんどだ。


 ただ、高位身分の貴族の生徒が絡むと先生も手出しが出来なくなる為、王子の婚約者であるカサンドラ(悪役令嬢)が呼ばれる事が多々あるのだった。


「こちらです!こちら!」


 廊下を移動した女子生徒は、カサンドラを学舎の外へと誘導する。

 校内での諍いは人の目にも触れるけれど、人もあまり集まらないような場所であれば、より陰湿なものへと発展していたりする。これを取り締まるのも婚約者の役目なのだろうか?さっさと学園長を呼んで来て対処を丸投げしてしまいたい。


 そんな事を考えながら校舎の裏手へと進んでいくと、後ろから羽交い締めにされ、口と鼻に何かの薬品を含んだハンカチを押し当てられる事になってしまったのだ。


「あ・・・」


 意識が暗闇の中へと沈み込んでいく。

 王子妃教育の一環で、学園入学後三ヶ月以内に、誘拐に対する実地試験が行われるという話は聞いていた。


 誰かが顔を覗き込んで何かを言っているけれど、何を言っているのかが分からない。

 そうして意識を失ったカサンドラは、何処かへと運び去られてしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る