三、もうひと口どうぞ



 櫻花インホアたちは蓬莱ほうらい山から南の地へと辿り着く。


 四人は南の地の市井しせいでまずは話を聞くことにしたのだが、どういうわけか道行く民たちが避けていく。それもそのはずだろう。四人は傍から見てだいぶ浮いていた。


「おっかしいわね。どうして皆、私たちを避けちゃうのかしら?」


「そうですね。どうしてでしょうか······」


 本当はわかっていて言っている紅藍ホンランと、本当にわかっていない櫻花インホア。ふたりは仲良く並んで路の端を歩いており、その後ろを少し離れて蒼藍ツァンラン肖月シャオユエが続く。


 「見たこともない美しい仙人様御一行が、自分たちと同じ路を歩いているのだが!?」というのが、民たちの心の声である。恐れ多くて近づけないというのが本音だろう。仙人が皆、このように見目美しいわけではないのだが····。


 そもそも地仙である櫻花インホア以外、白蛇の化身と竜の分身なのだが、神や精霊が平地を歩いているなど想像もできない民にとっては、そういう身なりの者は、ひと括りで「仙人様」なのだ。


「とりあえず、二手に分かれて情報を集める方が効率が良いと思うのですが、」


「じゃあ私、櫻花インホアちゃんと一緒が良いっ」


 言って、櫻花インホアの腕に自分の腕を絡める。頭ひとつ分背の高い紅藍ホンランを見上げ、あはは····と櫻花インホアは困ったような顔で笑う。女性の姿を模しているので、肘にその豊満な胸が当たるのだ。


 彼はそれをもちろんわかっていてやっている。それくらいはさすがの櫻花インホアでも理解していた。


櫻花インホア様、嫌なら嫌って言っていいんですよ?」


 肖月シャオユエ蒼藍ツァンランのその言い方に違和感を覚える。


「どうして地仙の櫻花インホアを、四竜のひとりである蒼藍ツァンラン様が"様"付けするんですか?」


 はい、と小さく手を挙げて肖月シャオユエは訊ねる。その問いに、あからさまに「あ、」という顔で口を覆う蒼藍ツァンランの様子に、さらなる疑問を覚えた。


 賑やかしい市井しせいで、道端に所狭しと出店が並んでいる。


櫻花インホアちゃん、サンザシ飴食べる?」


 山査子サンザシの赤い小さな実が七個ほど串刺しにされた飴を指差して、紅藍ホンランが自然な流れでその問いを掻き消す。


 櫻花インホアも下手くそだが「あ、はい! サンザシ飴は、芳醇な香りと上品な甘さがたまらないですよね」とその会話に便乗した。


「ふ、ふたりとも、ひとり一本は多いので、ふたりで一本にしてください」


「はーい。りょうかいでーす」


「わ、わかりましたー!」


 なにこの空気?と肖月シャオユエは首を傾げ、その茶番を眺めていた。そういえば、元の主である弁財天もこんな風に話を濁していた気がする。櫻花インホアはただの地仙ではないということだろうか?


肖月シャオユエも食べますか?」


 櫻花インホアは、まだ口を付けていない串の先を肖月シャオユエに向けて、にっこりと微笑んだ。


 そこには透明な飴で固められた赤い実が連なっており、肖月シャオユエはそれ以上問うのを諦めて、一番上の飴をそのままぱくりと口に入れた。

 それをじっと見つめられ、「どうしたの?」ともごもごしながら訊ねる。


「なんだか雛に餌付けしているみたいで······不思議な気持ちになってしまいました」


「こんなことで喜んでくれるなら、何度でも」


 悪戯っぽく笑って、肖月シャオユエは片目を閉じて言う。


「ふふ、もうひと口どうぞ」


 それがおかしくて、櫻花インホアはもう一度サンザシ飴を差し出す。


 その様子を見ていた紅藍ホンランは、んん?と怪訝そうに眉を顰めた。思っていたのとなにか違う。あの櫻花インホアが、自分から契約を結んだわけではないことは確信している。絶対に一方的だったはずだ。


 それなのに、この雰囲気はなんだろう?


「ねえ、櫻花インホアちゃん、その子、もしかして櫻花インホアちゃんの恋人なの?」


「······はい? 今、なんて?」


「いや、なんだかそうやって目の前でイチャイチャされると、そうとしか思えなくなってきて。だからこの数ヶ月、離れずに一緒にいるの?」


 腕を前で組んで、品定めするかのように肖月シャオユエを見て、その視線をゆっくりと下から上に持っていく。


 最後に、青銀色の瞳と眼が合った。


櫻花インホアは、俺の主だよ」


「なんで主を、従者が呼び捨てにするのよ?」


櫻花インホアがそうしてって言ったから?」


「なんで疑問形なのよ。ねえ、櫻花インホアちゃん、こいつ、櫻花インホアちゃんになにしたの?」


 肖月シャオユエを指差して、むっとした表情で紅藍ホンランは訊ねる。なんだどうした、と周りにいた市井しせいの民たちがその不穏な空気を感じ取って騒めき出す。


 行き交う人々で混雑していた路が、サンザシ飴の店先にいる四人を中心にして自然と輪になるように空間があいた。


紅藍ホンラン様、本当に聞きたいです? 俺がどうやって契約したか」


 口に入れたサンザシ飴を噛んで、不敵な笑みを浮かべた肖月シャオユエに対して、紅藍ホンランは負けないくらい強気な笑みを浮かべた。


櫻花インホアちゃん、どうなの?」


 櫻花インホアはあの時のことを思い出して、みるみる顔が真っ赤になっていき、それからほどなくして青くなった。


「私········こんなに長く生きているのに、あれが初めての、」


 無意識に唇に指を当てて、動揺している櫻花インホアを横で見ていた蒼藍ツァンランは、その回転の速い頭で察する。そして、落としそうになったサンザシ飴の串を代わりに持ち、「大丈夫ですか?」と引きつった表情で訊ねる。


「え······うそでしょ? まさか、櫻花インホアちゃん、」


「······それ以上は、なにも訊かないでくださいっ」


 紅藍ホンランは青ざめた顔で櫻花インホアを見下ろす。ぎゅっと目を閉じて耳を塞ぐ可愛らしさはさておき、じわじわと込み上げてくる怒りは抑えられそうもない。


「そんなことされて、もしかして今まで忘れてた、なんて言わないわよね !? 」


「わーわー! だから、なにも訊かないでくださいってば~っ!」


 完全に忘れていたわけではないが、ふたりでいるのがあまりにも自然になっていたので、すっかりあの時の事が抜けていたのだ。我ながらなんて間が抜けているのだろうと、櫻花インホアは頭を抱えてしまった。


「いい加減、迷惑なのでさっさとここから離れましょう。紅藍ホンランは私と一緒に、あなたたちも」


 呆然としている紅藍ホンランの腕を取り、蒼藍ツァンランは自分が向かう反対方向をサンザシ飴の先で指して、肖月シャオユエに指示を出す。


 人だかりを抜けて散らばった四人は、各々の想いを胸に抱えつつ、本来の任務を思い出す。


「夕刻にまたここで落ち合いましょう。それまでは別行動で」


 肖月シャオユエは「はいはい」と返事をしながらひらひらと手を軽く振り、どさくさに紛れて油断している櫻花インホアの腰に左手を回して連れて行く。



 人食い蝶の噂は思いの外様々な場所で手に入り、各々が冷静になった頃、再びあのサンザシ飴の店先で顔を合わせることとなる。




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