四、君が好きです



 その後、天界に衝撃が走ったのは言うまでもなく、嫦娥チャングは未来永劫、月の牢から出ることを禁じられた。月神であることはそのままに、死ぬことさえ赦されない。彼女にとって十分な罰である。


 また、彼女と口裏を合わせた神官たちはその地位を剥奪され、天界から追放された。その気があれば、いつでも天仙になる機会は与えられたが、どうするかは彼ら彼女ら次第だろう。


 そして櫻花インホアは――――。




 数百年に亘り下界を騒がせていた災禍さいかの鬼の正体を暴き、結果、災いを退けたという噂がたちまち広まり、怯えていた者たちからの感謝の気持ちと、天界からの詫びも含め一気に功徳くどくが溜まり、無事に天仙となった。


 天帝に呪いの解除をしてもらい、数百年ぶりに逢う知り合いの神仙や仙女、神官たちに簡単に挨拶を済ませ、そのまま蓬莱ほうらい山へと降りていく。


 天から降りている途中、もぞもぞと胸の辺りが波打ち、ひょこっと顔を覗かせた白蛇が櫻花インホアを見上げて、改めて想う。


 櫻花インホアの髪の毛を飾るのは桜桃おうとうの薄桃色の花々で、長い黒髪の所々に散らすように飾られた花は、まるでそこに咲いているかのように生き生きとしていて美しい。


 衣は白を基調としているが、袖や裾は赤い線の模様が入っており、帯も白いが、その上にいつも身につけていた紫色の細い飾り紐を垂らしている。


 髪の毛を括っている小さな冠は金色だが、決して派手ではなく、むしろ彼の華やかさが百倍は増して見えた。

 琥珀色の瞳の端の辺りに紅色の化粧が入っており、どんな美しい天女だって、彼にはきっと敵わないだろう。


茶梅チャメイが気合を入れて着飾ってくれたんですけど、なんだか慣れません。堂に戻ったら、いつもの道袍に着替えますね、」


『それは駄目。ずっと飽きるまで見ていたい。そんな日はたぶん、一生来ないけど』


 白蛇姿の肖月シャオユエは、くるりと櫻花インホアの首の辺りにぶら下がるように身体を巻き付けると、その小さな頭だけを耳元に近付けて、そんなことを言ってくる。


「この世のどんな美しいものより、俺の眼にはあなたが一番、綺麗に映るよ」


 突然、精霊の姿に戻った肖月シャオユエに驚き、櫻花インホアは空中でよろめく。その身体をそのまま抱き上げるような形で、肖月シャオユエの腕が膝の裏と肩に回される。


「本当に、君はずるい、です」


 今度は見上げる方になってしまい、櫻花インホアは頬を膨らませる。


「あなたの方がずるいよ。そんな可愛い顔をして。俺を困らせないで?」


 その意味を遅れて知った櫻花インホアは、みるみる真っ赤になり、たまらず顔を両手で覆った。


鷹藍インラン様たちの所に行くのは明日にして、今日はふたりだけでお祝いをしようよ。堂に戻ったらあなたは皆の花神様だけど、今だけは、俺の大切な愛しい一輪の花だから、」


 覆った指の隙間から、精霊の姿の肖月シャオユエをこっそりと見上げてみれば、下界にいた時とまったく変わらない姿がそこにはあった。


 青銀色の瞳。

 白髪で、正面から見ると短髪だが、後ろの方だけ尻尾のように長い。

 左耳に飾られた小さな金の環の耳飾りが、太陽に反射して光り、自然と目を惹いた。

 白い上衣の上に藍色の腰帯、黒い下衣を纏っていおり、下弦の月のような銀の首飾りがとても良く似合っている。


「天界でもその姿なんですね。下界での姿とまったく同じ、」


 精霊が下界でとる姿を化身と呼ぶ。

 化身の姿は好きに変えられるが、肖月シャオユエはそのままの姿で櫻花インホアと出逢い、天界では精霊として、今も同じ姿で傍にいる。


「あなたに逢うのに、偽物じゃ恰好がつかないでしょう?」


 ね? と顔を覗き込み、肖月シャオユエは問いかける。その子供のような無邪気な表情に、櫻花インホアは可笑しくなって、くすくすと音を立てて笑った。


「あなたに口付けするなら、俺自身じゃないと」


 言って、下降しながら櫻花インホアの唇にそっと自分の唇を乗せた。それは軽い口付けで、なんだかくすぐったかった。


 真下には百花ひゃっか堂の色鮮やかな庭と、桃の木、そして、修繕された立派な堂が建っていた。そこにはたくさんの花の精たちが、茶梅チャメイ花楓ホアフォンの指示の下、いそいそと宴の準備に追われている。


「やっぱり、皆でお祝いが良いかな? あんなに頑張ってるのに、主役がいないんじゃ可哀想だ」


「ふふ。ありがとう。そう言ってくれると思ってました」


 櫻花インホアは眼を細めてその光景を見つめていた。

 その横顔に儚さを覚え、思わず抱き上げたままの態勢で、肖月シャオユエはさらに自分の許へ隙間なく抱き寄せる。甘えられていると思ったのか、櫻花インホアは眼を細めて頭を撫でてきた。


「どうしました? なにか不安なことでもありますか? 大丈夫、あなたのことは私が守りますから」


「はは。それは心強いな、でもそんな心配はないから、大丈夫」


 契約はもうとっくに解除されてしまったけれど、これから先は、そんなものはなくてもずっと一緒にいてもいいのだと、知っている。


 だからどうか、二度とその笑顔が消えることがないように。


「あなたが、好きだよ。この先なにがあっても、俺はあなたの傍にいると誓う」


 この世の誰よりも、愛してる。

 それは、永遠に変わらぬ、想い。


「私も――――、」




 その言葉は、いつだって、何回だって。

 君だけに、あげる。




~了~



❀✿❀✿


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最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました(*˘︶˘*).。.:*♡


柚月 なぎ


✿❀✿❀

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黒竜に法力半減と余命十年の呪いをかけられましたが、謝るのは絶対に嫌なので、1200の徳を積んで天仙になります。 柚月なぎ @yuzuki02

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