六、俺に教えてくれる?



 櫻花インホア肖月シャオユエは、手が汚れるのも気にせずに、ひとりひとり丁寧に弔っていった。その悲惨な状態に込み上げてくるものがあったが、なんとか村中にあったすべての骸と欠片を並べ終えた。


 ばらばらになっている者が多く、どれが誰のものかまではさすがに解らず、ただそうやって集めた骸を並べてみれば、その数は九十九人分あった。


 赤く染まってしまったその手と道袍を洗う余裕もなく、櫻花インホアは愕然とした。その殺され方もそうだが、数まで一緒となると、さすがの自分でも察しがついてしまう。


(まさか······でも、あの子は、)


 真っ青になっている櫻花インホアを心配して、肖月シャオユエは民家から借りてきた桶と水、それから布でその手を綺麗にしてやる。

 道袍や左手に巻いている包帯は、新しいものを調達するのが良いだろう。


「大丈夫? 顔色が悪い。あとは俺に任せて、あなたは休んでいて?」


「私は、大丈夫です。それよりも、この惨劇を起こした者に、心当たりがあります」


 どういうこと? と肖月シャオユエ櫻花インホアの手を丁寧に拭きながら、首を傾げる。


「あの日、天界で。私の配下であった九十九人の花の精が殺された件と、関係があるかもしれません」


 あの夢の断片を共有した肖月シャオユエに、もはやこれ以上隠す必要もないと、櫻花インホアは何かを決意する。


「あなたを追放した神サマのこと?」


 はい、と櫻花インホアは頷いた。

 夢の中で見たのは、折り重なった無残な骸の山と血で染まった石楠花シャクナゲ


 女の姿をした神を殴り、感情のまま罵った櫻花インホア。そして、勝ち誇ったかのように嫌な笑みを浮かべた女が、櫻花インホアに向かって追放を言い渡す、あの印象的な場面が頭に浮かんだ。


 しかし女の神は追放はされず、ただ位を落としただけだった。あれだけの事を起こしておいて、その程度で済んだ理由があるはず。


 それに、天界で殺生は禁じられている。虐殺は大罪だ。


 すべて櫻花インホアのせいにしたにしては、それはそれでおかしな話だった。


「彼女は確かに首謀者ですが、その実行者ではないのです」


 肖月シャオユエは血で汚れた桶の水を捨ててひっくり返すと、櫻花インホアに座るように促す。


「ゆっくりでいいよ。安心して? 俺は、あなたの傍にいるから」


 桶の上に腰掛けた櫻花インホアの右手を取って、肖月シャオユエは片膝を付いて見上げる。


 俯いたままの櫻花インホアの顔がはっきりと見え、それが苦痛で歪んでいるのが解かった。握り返してくる指先が微かに震えていて、大丈夫、と肖月シャオユエはその上にさらに左手を重ねた。


「彼に初めて会ったのは、西王母せいおうぼ様の宴の席。当時まだ幼かった彼は、月神である嫦娥チャング様の従者のひとりとして、彼女の後ろに付いてまわっていました。けれどもその幼子は、ただの幼子ではありませんでした」


「どういうこと?」


「その幼子は、鬼神おにがみだったんです。鬼神おにがみの力が何かのきっかけで暴走し、あの惨劇が起こったんです。そのきっかけを作ったのは、彼女で間違いないのですが、それを証明するすべはありませんでした」


 そして事件の後、彼が行方知れずとなってから、地上では恐ろしい鬼神おにがみの噂が広がり始める。


 それに運悪く出会ってしまったせいで殺されたり、喰われた人間や仙人、精霊は、数えきれないほどだったと聞く。


 もはや災厄に等しい存在。

 天界の者たちは、いつしか彼の事を"災禍さいかの鬼"と呼ぶようになる。


「天界はその災禍さいかの鬼を、この数百年、ずっと追っていたようです」


「そんな奴がどうして、」


「災禍の鬼の狙いは、私でしょう。わざわざこの村を選び、骸を九十九体用意して、あの日を再現したつもりなのです。あの日、殺せなかった私を、殺すために」


 肖月シャオユエは言葉を失う。

 どうしてそんなことをしてまで、櫻花インホアを苦しめるのか。なんの怨みがあってこんな、なんの関係もない人間たちを無残にも殺したのか。


櫻花インホア。あなたが、どうして天界から追放されたのか。あの日から、あなたを苦しめているモノを、俺に教えてくれる?」


 なぜ、月神は櫻花インホアに嫉妬心を抱いたのか。

 ひとつ間違えば自身がどうなるか解らない、そんな危険な賭けに出たのか。



 櫻花インホアは小さく頷き、重たい口を開いた。



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