三、俺は悪くないぞ !



 あの騒動の後、黒竜は応竜に呼び出された。もちろん覚悟はしていた。それでも譲れなかったのだ。


 竜の姿ではなく、人の姿を模した分身の姿で陣に入ると、すでに自分を除いた皆が勢揃いしていた。


「ちょっと、黑藍ヘイラン! あんた、なんて馬鹿なことしてくれたのよっ」


 喧しい声が空間に響き渡る。真紅の衣を纏った長い赤髪の女性が、自分を視界に入れるなり詰め寄って来た。


「あの子に呪いをかけるなんて、馬鹿なの? ねえ、馬鹿なの?」


「馬鹿馬鹿言うな、喧しい。言っておくが、俺は悪くないぞ。あいつが謝らないのが悪いんだ」


 はあ?と赤い髪の女、もとい、紅藍ホンランがとても人には見せられないような酷い顔をした。彼女、もとい、彼は、女性の姿を模しているが、実際はどちらでもない。


「ふたりとも、いい加減にしなさい。鷹藍インラン様の前ですよ」


 背の高い緑がかった青色の瞳の青年が、そう言いながらも紅藍ホンランを背にするように立って、黑藍ヘイランを見下ろしてくる。


(結局、俺ひとりが悪者扱いかよ)


 蒼藍ツァンランはいつもそうだ。紅藍ホンランが一番で、次はないのだ。そんな三人のやり取りを我関せずと視界にすら入れないように、そっぽを向いている背の低い物静かな少年は、白藍パイランだ。


鷹藍インラン様、あの櫻花インホアという地仙は、一体なんなんですか?あなたの知己だということ以外、俺は知らないんですけど」


 これは事実で、そもそもたかが地仙が竜に物申すなど、聞いたことがない。


黑藍ヘイラン、お前の性格からして、櫻花インホアが頭を下げない限り呪いは解かないつもりだろう。だがな、櫻花インホアも同じだ。自分の信念を曲げてまで命が惜しいとは思わない、そんな頑固な奴なのだ」


 応竜である鷹藍インランは、はあと大きく嘆息して、黑藍ヘイランの左肩に手を置いた。きちんと話をしていなかった自分も悪いが、拗れすぎているふたりの関係を取り持つ気力はもはやない。


「あれは、元は天界の人間で、まあ、その、色々あってだな、」


「天界? 天仙だったってことですか? っていうか、一体何をやらかしたら天界から地上に追放されるんです?」


「あんた本当になんにも知らないのね、」


 はあ、と肩を竦めて厭味ったらしく紅藍ホンランが話に割り込んでくる。やれやれとその後ろで蒼藍ツァンランが右手で顔を覆って首を振っていた。


「ふふ········聞いて驚きなさい! あの子はねぇ、」


 その続きを聞いた黑藍ヘイランは、思いもしなかった事実に言葉を失う。


(いや、だからなんでそんな奴が天界から追放されてんだよ!)


 ますます意味が解らない。


 あの性格からして、天帝にでも口ごたえしたが、今のように意地を張って自ら追放されたかだな!と黑藍へいらんは腕を組んでふんと嘲る。


 鷹藍インランはもはや何も言うまいと諦め、紅藍ホンラン蒼藍ツァンラン櫻花インホアに逢いに行くと言い出す始末。ひと言も声を発しなかった白藍パイランは、話が終わった段階ですでにいなくなっていた。


 仮にも四竜の長である鷹藍インランは、どこまでも自由すぎる竜たちに、肩を落とすしかなかった。



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