中ボスの決闘

 当然の話だけど『バルセイ』にも悪役はいた。序盤に出てくるモブから、ルートの最終章を飾るラスボスまで。


 中にはプレイヤーの怒りを買う悪役もいた。こう言う私自身、すなわちテリアからが、前世の私が最も嫌悪した悪役でもあった。


 しかし、そんな私に劣らず、前世の私が嫌がっていた人が一人いた。


「トリア」


「はい」


 私は一言だけ残して走り出した。トリアは私の意思に気づき、すぐに私に歩調を合わせてきた。


 正門の方に着いてみると、少年一人と幼い女の子一人が対峙中だった。


 いや、対峙というか、正確には女の子の方が怖がって縮こまっている。そんな女の子をかばおうとするメイドが何人かいて、少年の方はそんなメイドまでひっくるめて非難しているところだった。


「とてもがっかりだな。同じ公爵家だからどんなところなのか期待したが、子供も使用人もとてもレベルが低すぎる」


 少年はそう言って前に一歩を踏み出した。


 私のと同じく銀髪碧眼の少年。年は私より三つ上。顔だけ見れば結構ハンサムで服も派手だけど、表情や態度はそれに相応しくない無礼で不快感を与える印象だ。


 記憶の姿より幼くて小さいけれど、見分けがつかないはずがない。四大公爵家の一角、アルケンノヴァ公爵の長男、ディオス・マスター・アルケンノヴァだ。


 ディオスは前に立ちはだかる若いメイドに乱暴に手を振った。


「どけ。たかだかメイドなんかが俺の前を塞いでいいと思うのか!」


「きゃ……!」


「ハンナ!」


 縮こまっていた少女が悲鳴を上げた。


 こっちは金髪のくせ毛と金色の瞳をしており、服もフリルのついた可愛いドレスを着た愛らしい子だ。まるで天使のような容貌だけど、今はディオスを恐れるせいでまるで一人残された幼い子犬のようだ。


 私の愛らしく大切な妹、アルカ・マイティ・オステノヴァだ。


 ディオスがアルカの前に立って手を上げた瞬間、私は足に魔力を込めて地面を蹴った。


「ぶしつけな……」


「止まりなさい」


 あっという間にディオスに近づき手首をつかんだ。すると彼は不快感がはっきりした目で私を睨んだ。


「これはまた何の……」


「よくもオステノヴァ公爵家でオステノヴァの子に手出しをしようとするなんて、意気地だけはすごいですわね。いや、そんな無礼さが許されると思ったその愚かさに驚嘆すべきでしょうか?」


「何だと?」


 ディオスは反対側の手を上げたけれど、私が手に魔力を込めて手首を締めると苦しいように眉をひそめた。


「くっ……お前、見た目を見るとお前もオステノヴァ公爵の娘か? よくも俺にこんなことを……」


「黙りなさい、ディオス・マスター・アルケンノヴァ。公爵家の後継者として貴方と私は同級にすぎないわよ。そして我が家で使用人に暴力を振るい、私の大切な妹にまで手出ししようとした以上、私に貴方を許すという選択肢なんてないわ」


「なん……!」


 聞きたくない。


 ゲームから見たディオスは今から十年後の姿だけど、幼い頃からあのクソみたいな性格は少しも変わらないね。


 その一途さに感嘆すべきか、気持ち悪くて唾を吐くべきかよく分からないけど、少なくともその不快感を堪える気はない。


「ふっ!」


 私は短い気合と共に、魔力を込めた腕でディオスを投げ飛ばした。彼は庭越しの訓練場まで砲弾のような勢いで飛ばされてしまった。


 その後、私は愛らしい妹に顔を向けた。


「大丈夫?」


「お姉様!」


 アルカが私の腕に飛び込んだ。突然の襲撃で倒れそうになったけれど、なんとか受け止めた。そしてアルカを抱きしめて頭を撫でた。


「大丈夫? どこか怪我はしてないの?」


「私は大丈夫です。でもハンナが……」


 ハンナはディオスが殴った幼いメイドの名前だ。ちょうど心配そうな目でこっちを見ているね。


 彼女は私と目が合うとビクビクしたけれど、私が彼女の赤いくせ毛を撫でると少し驚いたようだった。


「大丈夫? 痛かったでしょ?」


「あ……だ、大丈夫でございます。ありがとうございます」


 ハンナだけでなく周りの使用人たちも私の態度に驚いたようだけれど、今はそれを気にする時間がない。


「アルカ、私ちょっと行ってくるわ」


「えっ、どこに行くのですか?」


「ちょっと叱らないといけないバカがいて」


「まさか……危ないです!」


「大丈夫」


 私はアルカを優しく引き離して振り向いた。トリアは少し驚いたような目で私を見ていた。


「トリア、母上に伝えてね」


「よろしいですか?」


「能力的に? それとも政治的に?」


「両方です」


 まぁそうだろう。


 特に身分的にはさらに問題の余地が多い。私もディオスも公爵家の一員で、そんな私たちがこんな風にぶつかること自体が公爵家同士の関係に罅が入るかもしれない行動だから。


 しかし、先に無礼を犯したのはディオスだ。今の両家の関係・・・・・・・を考えると、私がディオスを直接懲らしめてもアルケンノヴァ公爵が抗議できない。


 私は自信に満ちた笑みを浮かべた。


「大丈夫。私を教えたのは貴方じゃない? そして政治的にも……まぁ、母上に伝えれば分かると思うわよ」


「……はい、信じます。お嬢様は無謀ではありますが、バカではありませんから」


 やっぱりトリア。言葉をよく聞き分けていいね。


 そのような対話を最後に訓練場に向かった。顔から心配が溢れるアルカと何人かの使用人が私の後を追ってきた。これ何だか母アヒルになった気分だね。


 一方、ディオスは先ほど私に締められた手首をこすりながら大人しく待っていた。


「あら、大人しいね。分をわきまえた……わけではないし、訓練場に投げつけられた意味に気づいたようね?」


「ふん。身のほど知らずに暴れる生意気な女を罰するのも高貴な者の責務だからな」


「一応礼儀上聞くわよ。何の理由で乱暴を働いたの?」


 ディオスは襟をつかんで見せつけるように引っ張った。元々はごわごわしていたはずの服が微妙にしわくちゃになっていた。


「そこの金髪の女が俺にぶつかった。おかげで服がしわくちゃになった」


 ……はぁ?


 いや、ちょっと待って。何だって? 使用人でもないし、同格の公爵家の令嬢であるアルカが誤ってぶつかったことで?


「たかがそんな理由で他の公爵家で暴力を振るったって?」


「女なんかが俺にぶつかったら当然その代価を支払わないとな」


 目まいがする。


 いや、でも一方では納得してしまった。ゲームであいつは貴族さえも見下す傲慢さの極致のような人間だったから。


 その上、女がどうこうの話を、他人でもなく自分の妹に平然としゃべる奴でもあった。


 オッケー、決定。今日は家に綺麗に帰れないと思いなさい。


「たかがそんなつまらない理由で家門間の関係に影響を与えかねない乱暴を働くなんて……その愚かさが一体誰に似ているのか気になるわね」


「は、よくもしゃべるんだな。俺と戦いたくてこの訓練場に俺を行かせたんじゃないか? いざ来てみると怖くなったのかよ?」


 ディオスは魔力を高めた。彼の周りで魔力が渦巻き、突然小さな鋼鉄の破片が出てきて周りをうろつき始めた。


 人それぞれに持つ固有の魔力の性質、『特性』である。


 基本的に無属性魔力だけでも色々な物理現象を駆使できるけれど、火や氷のように何らかの性質が明確に現れる現象は起こすことができない。そのような魔力に属性を付与するのが特性だ。


 例えば『火』の特性を持った人は魔力で火を起こし、『氷』なら氷と冷気を自由自在に駆使する。


 ディオスの特性は『鋼鉄』。ゲーム通りだね。


「まぁ、そうよ。生意気なゴミはレベルに合った暴力で治めるべきだと思ってね」


「よくも軽々しく話す。泣きながら俺の下を這わせてやる。それにしてもこれは正式な決闘と見てもいいよな?」


 まったく、一応私は可憐な八の少女なのにね。あんなことを言いながら恥ずかしくもないの?


 まぁいいわ。私としてもそんな待遇は特に望んでもいないからね。


 それより私を精一杯見下しているようだけど、私が普通の貴族令嬢のように弱くて可憐だと思ったら後悔するよ。


 こう見えても私は『バルセイ』の中ボス。私が言うにはアレだけど、戦いの才能はかなり優れている。そして貴族令嬢には似合わないけど、そっち・・・の教育も結構徹底的に受けたのよ。


 そしてここで私に決闘云々しても意味がないのにね。子供同士で決闘云々しながら戦ってみても、大人たちが来たら全部無駄になるというのは知らないのかしら。


 しかし、ディオスが加減なく襲い掛かってくると、私も彼を殴りつける名分ができるので敢えて教えてくれなかった。


「いいわ、始まりは望み通り……」


 私が話を終える前に、ディオスは突然私の顔に向かって拳を突き出した。それも鋼鉄のナックルをつけた拳を。


「お姉様!」


「お嬢様!」


 外野から悲鳴が上がったけど、私は首を横に曲げて簡単に拳を避けた。


 その後もディオスは何度も拳を振り回し、私は体を横に傾けたり、後ろに下がって避けたりした。


「逃げる技しかないんだな!」


 意気揚々とした顔ムカつく! ただ観察していただけだよ!


 腹が立って拳を振り回した。魔力で強化された拳がディオスの左拳と正面からぶつかった。彼のナックルが粉々に砕かれ、拳が尋常でない音とともにめちゃくちゃにつぶれた。


「くっ……!?」


「眠りなさい!」


 そのままディオスの顎を蹴飛ばした。


 しかし、ディオスも黙ってやられてばかりいるわけではない。瞬間顎に鋼鉄をかぶせて防いだのだ。その鋼鉄自体は魔力が込められた脚力にすぐに壊れたけれど、威力が減って打撃が完全に入らなかった。


「この女が……!」


 鋼鉄の破片がディオスの右手に集まり、彼の体格に合った槍に変わった。また外野から悲鳴が上がった。


 しかし、私は平気で槍に手を伸ばした。


「ふん」


 刺してくる槍の刃をまるで受け止めるかのように、正面から手のひらを突きつけた。槍は私の肌さえ貫けられず、むしろ泥でざっと作られた模型のように潰れられた。


「なっ……!?」


 戸惑うディオスに飛びかかり、腹部に拳を突き出した。彼は今回も鋼鉄で防ごうとしたけれど、同じ手段にまたやられる私じゃないよ。


「がはぁ……!」


 鋼鉄を壊してもっと食い込んだ拳が強烈な衝撃を与えた。ディオスの体は弓のように曲がった。


「殴られて物心つきなさい」


 中ボスの愛の鞭よ、こら。


 死なないだけ魔力を集めて、精一杯ディオスの顔を殴りつけた。


 吹き飛ばされたディオスの体は地に墜落した後も、水切りのように何度も跳ね、コロコロ転がった。高級な服がしわくちゃになり、土ぼこりで台無しになった。


 ……ひどすぎたかしら?


 思わず不安な気持ちをかみしめていると、突然太くて低い声が聞こえてきた。


「これは一体どういうことだ?」


―――――


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