契約は果たされた
道端で泣いている少年がいた。少年の手には大事そうにカードが握られていたが、悲しみに暮れる表情からはデュエルに楽しさを見出すことができないと感じられる。
「そんなところで何してるんだ?」
少年に一人の男が問いかける。少年は表情を曇らせながら顔を上げて男の質問に答える。
「デュエルで、また負けた。僕にはデュエルの才能がないんだ・・・。練習しても全然勝てないし」
「諦めるのか?君はカードを大事にしていそうだし向いてると思うけどな」
「友達は皆このカードが弱いから使うなって言うんだ。僕もこのカード使うのやめて友達と一緒のデッキ作ろうかな・・・」
「人と同じデッキを使っても絶対に勝てるとは限らないよ。もしそれでも勝てなかったら勝てない理由を友達に押し付けようとするはずだ」
「じゃあ・・僕はどうしたらいいの?」
「残念だけど俺から教えられることは特にないかな。デュエリストの道は自分で見つけるしかない。大丈夫、カードを信じていればきっと見つかる」
「お兄さんはどんなデュエリストなの?」
「うーん・・・最初はただ勝てるからデュエルしてた。人よりちょっと才能があっただけで今まで自分のことをつまらない奴だと思っていた奴らがちやほやしてくれるからデュエルしてただけだった。そうやって注目を浴びる条件が勝利を重ねることになって、いつしか俺は勝つためだけにデュエルするようになっていた。勝ちさえすれば対戦相手に何を言っても構わないと思ってた。
でもそれは違った。デュエルの本当の意味は人と人を繋げてくれるものだと分かった。そう考えられるようになって初めて俺はデュエルを楽しめるようになった。勝ち負けしか考えずに自分勝手なデュエルをやっていた自分と決別できたんだ。
デュエルの本当の勝者は勝ったプレイヤーじゃない、心からデュエルを楽しんだプレイヤー、それが俺の信条だ」
「僕もデュエルを楽しめるようになるのかな」
「きっとなれるよ。デュエルを楽しむこともデュエルで勝てるようになるのも望めば叶えられるはずだ。大事なのは夢を実現するための努力だ」
「努力・・・僕は勉強も運動も苦手だしなんか大変そう」
「苦手か。どうしてそう思うのかな?」
「だって僕よりできる奴なんていくらでもいるし」
「自分よりできる奴がいるからって苦手とは限らないんじゃないか?能力の差なんて努力次第でいくらでも埋められる。周りのことなんか気にするなよ」
「そんなこと言われても気になっちゃうよ」
「努力を続けるには周りのことを気にしないで自分の世界に没頭することも必要だ。・・・・・ラッキーカードだ。こいつは君が持つのにふさわしいようだ」
男は突然カードを取り出し少年に渡す。
「このカードは・・・」
「君は優しい奴だから周りにばかり気を配っているな。でも優しさは時に夢を実現する妨げになるかもしれない。『孤高』であり続けろ。結果も信頼も後からついてくる。君の未来を輝かせることができるのは君だけだ」
「お兄さんって、もしかして伝説の・・・」
男は質問には答えず少年に笑顔を向けるだけだった。その笑顔は少年の迷いをかき消すような
やがて男は少年から離れていく。足取りはゆったりとしているが、遥か遠くを見据えて進み続ける旅人のようだった。
少年はその手に《孤高の称号》を抱えながら、いつまでも男の背中を見つめていた。
「これでよかったよな。おっさん」
白一色に占拠され永遠に続くかのような階段以外にオブジェがない殺風景な空間。そこで会話している二人。だがそれを人と形容していいのかは定かではない。
一人は白髪に白い髭をたくわえ、白衣で身を纏った老人。顔に刻まれた皺はその男の叡智を演出する小道具のようだ。
もう一人はピンク色の髪で少女のような顔をしているが、薄着で身を包んでいて男の劣情を煽る妖艶な美貌。
二人の姿はそれぞれ「神の宣告」と「フレシアの蠱惑魔」のイラストによく似ている。
「今日の会談もマスターの話がたくさんでてましたね!やっぱりマスターはすごいです♡」
「彼は儂の期待以上の活躍だったな」
「今まで適当に人を選んでいたのにマスターみたいな成長が見たいってまじめに人を選ぶようになりましたよね」
「彼はこちらの世界にも大きな影響を与えてくれた」
「私もマスターのおかげで人に興味が持てるようになりました。マスターはこれからもっとすごいデュエリストになるんでしょうね♡」
「そうだな」
「・・・どうしたんですか?せっかくマスターが皆に褒められてるのに嬉しくないんですか?マスターを推薦した張本人なのに」
「彼は儂にも大きな影響を与えてくれた。人間の可能性というものは他の存在を受け入れ共存していくことでより広がっていくということを思い知らされた。個人の利己を尊重し弱者を虐げ搾取していくのが人間の姿だと思っていた儂の考えを大きく覆した。・・・儂は人間が羨ましい。こんな感情を持ったのは初めてだ」
「そうですね。私も人間になってマスターに恋したかったです♡」
「・・・君には事前に話しておこう。儂は人間になろうと思う」
「・・・・・え?冗談・・ですよね?」
「本当だ。これから人間の世界に旅立つ」
「でも私たちが人間になるなんて前例もないし・・そもそもできるんですか?」
「成功するかどうかはわからない。成功したとしても無事に人間として生活できないかもしれない。
それでも儂は人間になってデュエルをやってみたい。彼のようにカードに自らの想いを託して未来を切り開いてみたくなった。その為なら全てをかなぐり捨てても構わない。
彼は何度も逆転不可能と思えるデュエルで奇跡を起こし勝利を掴んできた。今度は儂が奇跡を起こす番だ」
「・・・・・そこまで覚悟してるなら止めませんよ。健闘を祈ります。
一番変わったのはあなたですね。人間をつまらなそうに見ていたあなたがまさか人間になりたいだなんて・・・。もしマスターに会えたら私のことも伝えてくださいね♡」
「ああ」
白髪の老人は人間の世界に旅立った。デュエルによって全てが決定する世界へ。
だが楽園から追放された代償にその姿は白髪の青年になり、全ての記憶を失い、彼にあるのはデュエルの知識だけだった。
「ここは・・・どこだ?」
青年の目の前にはまったく見覚えのない街の景色が広がっていた。道行く人々も彼の記憶にはない。自分がどうしてこんなところにいるのかもわからない。
青年は途方に暮れながら街の中を歩き続けた。彼が持っているのはデッキだけ。このカードの特性は理解していても、どうやってこのカードを手に入れたのかまったく記憶にない。
これからどうすればいい?どうやって生きればいい?そもそも生きるとはなんだ?自分は何のために生きている?
青年の心には様々な疑問が湧いていた。不安に襲われ、行く当てもない未知の街で。
どうして自分は歩いているんだ?・・・・・わからないけど、それでも希望を探しながら彷徨っている。歩いていれば何か答えが見つかるはず・・・・・。
「そんな暗い顔でどこいくんだ?」
青年に男が問いかける。予期せぬことに青年は驚く。だがその声は青年の心に響き、不思議と気持ちが落ち着いてきた。
「わからない。・・・どうしてここにいるかも。自分が何をしたいかも・・・」
「・・・・・記憶喪失?そりゃ大変だな・・・。何か覚えてることはないのか?」
「・・・デュエルだけはわかる。デッキも持っている」
「そっか。デッキもあるんだな。
・・・よし!今から俺とデュエルしようぜ!もしかしたら何か思い出すかもしれない!」
「・・・いいんですか?」
「記憶喪失でも何でも困ってる人がいたら助けないとな!俺はユーグって言うんだけど、君の名前は?・・・って記憶ないんだもんな」
「ユーグ・・・」
「まぁ・・・なんて言っていいかわかんないけど元気出せよ。この世界はつらいこともあるけど、いいこともいっぱいあるから。例えばデュエルで勝った時とか、仲間ができた時とかな!」
「仲間?」
「仲間ができれば人生は楽しくなるし、自分の可能性を広げてくれるんだ!きっと君にも仲間がいたはずだ。思い出せるといいな」
「はい・・ありがとうございます」
「デュエルは人を繋げてくれる。これからデュエルする俺と君も仲間ってことだな」
「ユーグと僕が・・・仲間になれるんですか?」
「もちろん!じゃあさっそくデュエルしようぜ!」
「はい!よろしくお願いします!」
「「デュエル!!」」
転生者「ユーグ」の物語は特別な力を持った人間の物語ではない。
誰にでも気持ち1つで生まれ変わる、転生できる可能性はある。
その扉を開く鍵は「絆」。
人は彼を「真のデュエリスト」と呼ぶ。
転生のデュエリスト 舞零(ブレイ) @westlight
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