第28話 花形歌謡のエトセトラ

離島、商店街————————


「ねえねえ見て見て、これかわいい!」


 佐伯さんはそう言って店頭に掛けられていたキーホルダーを持ち上げる。

 その手に持っているのはテディベアのキーホルダーとシカをモチーフにしたキーホルダーだ。

 うちの制服を着た生徒がまばらに見える商店街は大変賑わっており、店から香る匂いも相まって平日にも関わらずちょっとしたお祭り気分になる。


 立ち並ぶ店は食い物の店が多く、俺達は奥へ奥へと進み、目に入った小物店に足をふみいれていた。

 佐伯さんが啓介に見せているそれに、テディベアはまあ定番だから良いとして、シカは奈良だろうと思ったが、歩くうちに野生のシカは普通に歩いていたのでそういう事かと納得した。


 他にも動物をモチーフとしたミニチュアの置物も多く。両助も記念に一つ購入した。

 元々、食べ歩きを推奨して客の回転を速めているのだろう。かなりの回数出店を見かけた。

 そうして目の前にはそんな商店街の思惑にまんまと引っかかった野郎がいる。


「ほへー。はわいいはん」


 多分、へー可愛いじゃん。と言ったのだろう。啓介は佐伯さんの相手をしながら器用にも口に買った揚げ饅頭と串ものを口に運んでいる。

 啓介は口の中のモノを無くし、一つ気になったものを持ち上げた。だがその形に疑問を憶える。


「…キーホルダーか。…あれ?にしては紐の部分が短いような…」


 啓介はあらゆる角度からそれを見て、その謎を解明しようとするが、その答えは彼自身で見つけるより早く両助が答えた。


「それピアスだよ、ピアス」


 両助は悩む啓介に向けて、そう言った。

 その言葉にそれをピアスとして見ると確かにそうだった。


「おお、よくわかったな」

「形がそうだし、何より札に書いてあるだろ?」


札を見ると両助の言葉通りピアスであることがわかる。「ほんとだ」と納得した啓介は別の小物を持ち上げる。今度は特徴的でしかないモノだ。

両助も思わずそれを見た時は、あまりの輝きように目線がくぎ付けだった。


「おお、まっ金金の招き猫がある」


 啓介の横から佐伯さんが「おお」と感嘆の声を上げる。

 確かに全身光沢のそれはすごく目線を集めるのだ。

 佐伯さんは啓介の持つそれに向けて感想を述べる。


「なんかすげぇ金貯まりそ」

「ああ、これは貯まるぞ。間違いなく」


 佐伯さんと啓介は少しIQの下がった会話をしていた所に横から楠木さんが黄色の招き猫の効果をはなす。


「そうですね。金色…黄色の招き猫の効果は、金運や幸運に良いとされてます。他にも縁結びの効果なんかも」

「ええ、そうなの⁉じゃあ、私買う!」


 そう言って、招き猫の効果を知った佐伯さんはレジに招き猫を一つ持って購入しに行った。

 彼女も、もちろん俺も思春期真っ盛り。気にならないこともなかったが、それよりも横の楠木さんの知識が気になった。


「詳しいね?」


 そう言うと彼女は少し照れたように話し始める。

 浮かれていたことにか、知識をひけらかすことに対しての気恥ずかしさからか、どちらかは分からない。

 ただ博識なだけなら彼女の見た目から納得できるが、理由は少し可愛らしいものだった。


「実は楽しみにしていて、だから少し調べて来たんです…」

「ああ、それで…じゃあ、楠木さんは俺達のガイドさんだ」


 笑みを浮かべながら、冗談交じりに行ったが、これは少々意地悪だったようだ。

 楠木さんは頬を赤らめながら体の正面でパタパタと両手を振る。


「そ、そんなことないよ。ただ一日見ただけの知ったか知識だし…」

「でも何も知らない俺よりかは頼りになるよ。ほら、俺なんて知らな過ぎて、常に今を生きてる?……みたいな?」

「…ふふ、なんですかそれ」


 自分でもあまりの馬鹿らしさに苦笑する。それは彼女にも伝播したようだ。


「あれ?淳也は?」


 背後から出店で買った物を全て食べきった啓介がもう一人の友の姿を探す。

 啓介の言葉通り、淳也の姿がここから消えている。そして白石さんの姿も。

 彼らの行き先を啓介は知っている。なぜならその後ろ姿を目撃しているのだ。


「あいつならさっき白石さんとアイスクリーム買いに行ったぞ」

「え?ウソ⁉どこどこ⁉」


 おそらくこいつは淳也と白石さんにではなく、アイスクリームの話に食いついていると思われるので、正直に「あそこ」と指し示す。

 そこからの啓介の動きは早く、「抹茶ッ!」と言ってすぐにその場から消えてしまった。


 こちらにゆっくり歩いてくる淳也と白石さんが見えたからちょうど入れ違いになるだろう。

 啓介の奴、昼飯食いきれるのか?と疑念を浮かべたが、あいつならできる気がしたので考えるのをやめ、店頭に並ぶ小物群に目を向け直しながら、皆がここに戻ってくるまで待つことにした。


 そうしてかかっているキーホルダーの中で、なぜ?という形のキーホルダーを見つけた。

 そこでその疑問を解消すべく、よこで同じく小物を見ている我らが未熟ながらも頼りになるガイド見習い様、楠木さんに聞くことにした。


「楠木さん見て見て、しゃもじあった。しゃもじ」


 楠木さんはその呼びかけによってこちらを向き、両助が持っている物を見る。


「そうですね。しゃもじはここの名産で縁起が良い物ですから」

「…でもなんでしゃもじ?」

「当時のお坊さんがしゃもじをお土産として広めたからだそうです。しゃもじの起源はもっと前ですが、ここでは名産になったそうですよ。その利益で町の人の暮らしを支えていただとか」

「……」

「影峰さん?」


 両助はその丁寧な説明に彼女の認識を少し改める。彼女はガイド見習いではない正しくガイドだ。


「…やっぱりガイドさんだ」

「…⁉、ち、違います!今のはたまたま知っていただけで…」

「ねえ、ガイドさん。これは?これは何?」

「う~、ガイドさんじゃないです~」


 彼女は、小物を持って迫る両助の手から逃れるように、両手を前に出して顔を赤らめながら反らす。


 なんだよ。ちょっとっていうかかなり可愛いじゃねえか。


 そこで楠木さんにとっては救いだったのか、皆が戻ってきた。

 もう少し皆遅くても良かったのに、と未練に思いながらも仕方なく諦める。

 戻ってきた佐伯さんの背後に顔を真っ赤にしながら隠れた楠木さん。

 直後、佐伯さんにゴミを見るような目で見られた。


 いや、違うのよ佐伯さん。ちょっと、というか大分調子に乗ったけど違うのよ佐伯さん。


 そうして必死の事情説明(言い訳)あって誤解は解けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る