黄金くじら 「釣り竿と杭」

 僕のチカラは膂力と着火。これから使うことになる。

 パンプスのチカラは速力と。これは僕が思っているだけだけど。

 そしてテレジーのチカラは、だった。


 黒炭の民ねんりょうの女性に多く現れるその封印チカラは、主に治療に使われる能力だった。僕たちの種族はその身体の特性から、小さなケガでも、運が悪ければ治せず、自身から漏れ出た炎で燃え尽きてしまう。強くてもろ種族僕ら


 そんな種族のを封印し、治療をする時間を稼いだり、身体は欠けても炎を止める為のチカラ。僕らはあまり他の黒炭の民を知らないけれど、テレジーの祖父がそう教えてくれた。

 そんな祖父も、テレジーの鍛冶の炎として溶け、今はもう居ない。

 ……テレジーも。


 テレジーはそんな自分の封印チカラで、自分が造った剣に炎を封印することを思いついた。どうやったかなんてのは、


「ピノは、ただわたしが造った剣を使えばいいの」


 なんて言われてしまいそう。うん、きっとそう。

 ただ、君と共にあるこの剣が炎を噴き上げてないことが、君の封印チカラが籠めてある証だ。

 そしていま、君は僕と共にくじらに対峙している。





 くじらに前足があると思っていたものは、地中に潜っている時に胸ビレとして必要だったんだなと、振動を感じながら理解する。

 時々尾っぽを見せながら、くじらはどんどん大地を黄金の河に変化させている。

 このまま放っておいたら、海とは言わないけど、湖くらいの規模にはなりそうだった。足場がなくなればどんどん僕の方が不利になる。

 釣り竿の鋼糸ワイヤーの長さは、僕の着火チカラを通す為にそこまで長くはないだろう。釣るというよりも、射貫くようにイメージしたほうが良いと僕は考えていた。


 目か尾っぽ。潜っているくじらが地上に出てこない限り、僕に戦う術はない。なら、金に変える光を放つ目を射貫くか、たまに出てくる尾っぽを狙い引きずり出すか。考えられることは二つあった。


「……尾っぽが簡単だよね」


 指からぶすぶすと煙が上がり、ぽたぽたと炎の雫が落ちている。いつまでも時間があるわけじゃない。膂力チカラ任せに解決するのが早そうだと、僕は決めた。

 今いる場所じゃなく、くじらの進行方向近くで、まだ浸食されていない高い岸壁を選び素早く移動する。

 

 地中からは絶え間ない振動と、金切音が響いている。

 僕は背負っていた剣を腰に構え、地面が隆起する方向に身体の向きを合わせながら尾っぽが出てくるの待つ。


「……きた!」


 僕のもう一つのチカラ、に合図や言葉は必要ない。条件だけだ。

 使い勝手が限られてくるけれど、テレジーが二つ持ちと言った、そしてくじらを倒すために僕の為の剣を造ったのは、膂力じゃなくてこのチカラを知っていたからだ。だからこの剣には、テレジーのいだ腕や、そこから崩れた一部が練りこまれている。

 その感覚を信じて、剣の先端に取り付けられた三角錐状の釣り針の根元を爆発させる。推進力で釣り針がテレジーの心臓を籠めたまま唸りを上げて中空を走る。


 けれど、僕の耳に届いたのは石を投げた時と同じ……、空洞の金属音。


「そんなっ! 弾かれた?!」


 テレジーは一回と言っていた。なら鋼糸ワイヤーを巻き取るなんて想定はされていない。僕は勢いよく剣を振り上げ、釣り針をこちらへ引き上げる。鋼糸が長すぎないことが功を奏して、釣り針は無事戻ってきて地面にどさりと落ちた。


 僕は背中に剣を背負い、伸び切った鋼糸を素早くまとめ、左腕に抱える。右手には残った鋼糸を掴み、釣り針の重さを頼りに弧を描くように回転させた。そのまま岸壁を駆け下り、くじらと並行するように疾走する。


「早く来い……」


 集中しろ。

 テレジーが作ってくれた、くじらの為の釣り針。無駄にはしない。

 尾っぽが地上に出た瞬間、今度はまっすぐ投げつけずに、尾の前方へ釣り針を投擲。鋼糸を引っかけるようにして接触させる。


「いま!」


 爆発を利用して、鋼糸を巻き付かせる。

 加速した鋼糸の先端の釣り針は、すぐにくじらの尾っぽに接触した。

 今度は上手くいった。



 ――テレジー、ちゃんと待っててよね。



 想いを込めてワイヤーを通して、テレジーの心臓へチカラを伝える。

 炎と共に釣り針の根元が爆ぜ、僕は返しを展開した。


「……ハハ! ホントにスゴイ! 君はすごいよテレジー!」


 想像以上の爆音の後でも、腕に抵抗を伝えてくる切れなかった鋼糸に、リカバリーできたその状況に、高揚した気持ちが叫びになる。

 折れた薬指から炎が吹き、おっとと我に返るけれど、力は緩めなかった。そのまま足を止め踏ん張り、くじらを釣り上げてやる。砂金の抵抗も合わさりものすごい重量だ。

 鋼糸が肩に食い込み削れ、煙を上げ、腕にビシビシと亀裂が入っていく音が聞こえる。煙が蒸気のように噴出する。でもなぜだろう? 血が躍っているようだ。


「―――っ!」


 歯を喰いしばり。僕はくじらを釣り上げた。

 そのまま大きくくじらごと振り回し、岸壁に鋼糸を引っ掛けるようにしてくじらを投げ飛ばす。そう思い膂力で支え、地面にくじらが接触するよりも早く、一番負荷がかかっていた右手首が折れた。鋭い痛みと共に、炎が噴き出した。

 追って、横倒しに倒れたくじらの衝撃が傷を痺れさせる。


「まだ、まだできる!」


 残った左手で剣を下ろし、釣り竿と剣の接合部を大きく爆発させ剥がす。

 そのまま剣を掴み、くじらに向かって疾駆する。起き上がったら負ける。

 杭が通用するかなんて僕には分からない。ただ、テレジーを信じるだけだ。

 貫き、内側から食い破る。

 そこまでなら僕の炎も保つだろう。


 河に変わってしまった大地を越えるべく、跳躍。今度は左足首が耐え切れず折れた。テレジーが剣をくれたから……あとは僕が届かせる!

 上空からくじらを睨むと、発光する身体に無数の傷が入っているのが確認できた。石が無意味だったわけではないと、その時初めて知る。僕はその中でもひと際深く入っている傷に身体を逆さにして杭を構えた。折れた左足首から吹き出る炎に、着火を使って距離と推進力を生みだす。


 激突するまで距離があり、星の見えない夜に僕だけ流れ星みたいなんて考える。

 いけない。集中。


 倒れたくじらの側面の傷に激突させた杭は、そのまま胴体に穴を開けた。弾かれるようなことがなくて安堵するけど、入るには狭い穴に、僕は欠損した右手をねじ込み、爆発させた。右ひじ辺りから下が吹き飛び、視界が瞬くように痛むけど、歯を喰いしばる。

 穴は、僕が武器を担いでも問題ないくらいには空いていた。


「……もうすぐ終わりだ」


 そう呟いた僕に、穴の中から赤い光が放たれた。





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