善は悪

 嫌々ながらも車を走らせ、BMX回収してよ、と冗談で言うと親切に駐車場に横付けしては折り畳みトランクへ。ふんふん、とラジオもない無音の室内に狂の鼻歌だけが響く。何処に行くのかも知らぬまま、視界に入る景色を呑気に楽しむ。


「静かに出来ないのか」


「車に普段乗らないから楽しくて」


「騒がしい」


 交差点に差し掛かるや信号に掴まり、剣崎は後部座席に手を伸ばすと茶封筒を狂に渡す。


「なにこれ?」


「逃亡者のリスト。本来ならお前に殺害対象として渡したかったが、素材選びにこだわりがあるんだろ。だから、やめた」


 今さら契約かつ雇い主みたいな言葉。ふーん、と興味なさげに紐をほどき中を覗くと未逮捕、未解決の資料。うわっマジだー、と一気に興味が湧き、胡座をかいては中身を広げ一つ一つ目を通す。

 殺人、強盗――項目は様々。指名手配犯の写真や個人情報、未解決の事故現場の証拠写真や証言等。本来なら外に持ち出しては行けないモノばかり。それを見て狂は”あること”に気付く。



 ――これ、殺ってんな――



 ニヤッと笑みを浮かべ、椅子に凭れるや運転中の剣崎をじっと見る。


「(軽く貶すように)剣崎刑事はだね」


「(苛立ちながら)なんだ、いきなり」


「(笑って)指名手配犯、未解決の事故の犯人を殺してるでしょ。あと、裏関係の人」


 狂の言葉に眉間にシワを寄せ、不機嫌な顔。無言が数秒続き静かに睨む。だが、青になりアクセルを踏むと何もなかったように運転に集中。再び静けさが車内を包む。

 狂は、暇だなぁ、と裏SNSに投稿された写真を一枚ずつ眺め、資料と照らし合わせる。



 一枚目、四十代の男性。容疑:暴行

 スーツ姿で“死を感じさせない”ほど綺麗な顔立ち。妻同様水に静め、バラの花を散らした上品な写真。


 二枚目、三十代の女性二人。容疑:強盗

 際どい下着姿でベッドに乗せられ、抱き合うよう普通に寝ているかのような写真。剣崎の趣味か。


 三枚目、年齢不明多数。容疑:?

 これは怒りを表現して似るのか。剣崎には似合わないチェーンソーで頭を切り落とし、血が流れる首と両手で優しく顔を抱き抱える狂気的な写真。



 三枚目以外どれも高度で綺麗だが気になったのは傷一つない死体。背中を刺して――と妻殺害の仮説で言ったが本当は違うんじゃないかと悟った狂。まさか、とさりげなく首に手をやる。


「刑事さん、ちょっといい?」


 運転の邪魔しないよう袖に触り、手を突っ込む。納得したのか頷きながら手を離し何も言わず視線を資料へ。


「んーやっぱり見覚えのある顔ばかり。資料とSNSの写真が一致するなぁ」


 話し掛けて欲しい感を出すも剣崎は聞こえぬふり。


「警察が犯罪者を逮捕しても殺しても、虫のように湧くから意味ないと思う。本当に駆除したいなら根本から叩かないと」


 その言葉に剣崎は路駐停止可能な場所を見つけ、急ブレーキで車を停める。ブレーキにより狂の体が前方へ。ブロックするようにガツンッとシートベルトに力が入り、運悪く首が絞まり噎せる。


「ゲホッゲボッ」


「フッざまぁ」


 小馬鹿にしシートベルトを外しエンジンを切ると深い溜め息を付く。剣崎は額に手を添え、変な汗が出たか。拭う仕草をするとボソッと言う。


「あまり誘わないでくれ。正月早々殺りたくない」


「よく分かったね、“デート”が“殺し”だって」



 静寂――少し間が空き。



「”殺し“を”デート“と呼ぶお前の頭がイカれてる」


「それを理解してる刑事さんもイカれてる」


 言葉の攻防に険悪な雰囲気。言い合いになり、耐えかねた剣崎は資料を奪うや容赦なく狂の頭を叩く。


「イッタァー」


 頭を抱え、踞る姿にご満悦か。大きく深呼吸し正気を取り戻そうと胸を何度も叩く。だが、悪のスイッチが消えないか。頭を抱え、半笑いで恐ろしいことを言う。


「俺の家に”罪人“がいる。作品にしたければ譲ってやるが……。二十歳後半の若い女性。モデルをやりつつその体型を生かして金を奪う詐欺師。どうする、今なら無償だ」


 唐突な交渉に「パードゥん?」と狂は聞き返す。


「何度も言わせるな。罪人を監禁してる。賭けで目撃地に足を運んだら釣れてな。どう処理しようか悩んでる。俺は新年早々殺したいが殺したくない・・・・・・・・・・・。逃がすにしろ、訴えられちゃ面倒だ。だから、お前にやる」


 言葉が矛盾。

 いや、善と悪の対立か。


 監禁かぁ。刑事さん大胆だね、と小さく笑うと狂はあっさり了承。


「いいよ。じゃあ、その子見せて。何を作るかは見て決める。それでオケー?」

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