水彩画のようなスマホの壁紙

「はぁ……はぁ……やだなぁ。これじゃあ、好きなときに気分よく会えないじゃん。せっかく話が合いそうだったのに」


 剣崎の追跡を人混みの中に紛れ、見失ってくれたか逃げるようにBMXに股がる。ふぅ……と息を吐き、呼吸を整えるとペダルを漕ぐ。

 剣崎と会わないよう周りを少し気にしながら、車に轢かれないよう道路を走り、時には降り押しながら歩く。小腹が空き、飲食店が立ち並ぶ歩道に行き、駐輪場に自転車を停めてはふらつく。


 ファミレス、七時前のためやってない。

 珈琲店、大人っぽすぎて入りたくない。

 蕎麦屋、年越し蕎麦のせいか営業中。


 仕方ない、と中に入ると満員で「相席でもいいですか」とおばちゃんに言われ、渋々了承すると相席の相手が“剣崎”。

 冬なのにざる蕎麦。わさびをたっぷり付けズルズルと音を立て食べる。そんな無関心な剣崎の視界を汚すかのように嫌々腰かけると理解したか。ブッと吹き出しそうになり、お手拭きで拭う。


「なんでお前なんだよ」


「それは此方の台詞。なんで刑事さんと相席しなきゃいけないの」


 善の剣崎か。ピリピリとした視線。メニューを開き顔を隠すとズルズルと下品な音。


「あのさ、音発てて食べんの止めてくんない。煩いんだけど」


「は? 蕎麦は音を発てて食べるもんだろ」


 足を軽く蹴られ、蹴り返し。

 今度は踏まれ、踏み返す。


「やだ、おっさん」


「あ? 殴るぞ」


 攻防するような妙な距離感覚に嫌になった狂は手を上げ、蕎麦ではなく「暖かいたぬきうどん、つゆ少なめ、トッピングで卵、とろろ」と蕎麦屋に文句言いたげな独特な注文に呆れる剣崎。


「此処は蕎麦だろ」


「冬なのにざる蕎麦食べてる人に言われたくない」


 文句の言い合いになり、フンッと互いにそっぽを向くと準備がよくすぐに出てきた。

 つゆ少なめの暖かいたぬきうどん。少しつゆを飲み麺で少し隠れるぐらいにすると、とろろと玉子を入れる。いわゆる“釜玉うどん風”。よくかき混ぜ、ズルズルッと音を発て食べると卵ととろろがつゆと相性がよく、とろみが付くせいかドンドン箸が進む。


「音出すなって言ってる割には出てるよな。うどんって子供かよ」


「うっさい。苦手なんだもん」


「なら、来んな」


 いがみ合いながら食べ、剣崎が麺一つ残さずお湯でつゆを割って飲む姿に狂は目を棒にして食べる。おじさんだ、と言わないがそんな目。


「逃げるなよ。このまま(署に)連れて帰るからな」


「えっヤダ。普通にご飯食べに来ただけだし」


「ぐたぐた言うな。クリスマスの件で此方は大騒ぎなんだよ。前々から報告があった行方不明者や爪剥がされた死体を使ってわざわざ作るなど、頭がイカれてる」


「食べてるときに言わないで」


「持ってきたのはお前だろ」


「オレじゃなくて頼まれたって言ったら、刑事さんどうする」


 核心を突くように鋭い言葉を発すると剣崎は腕を組み、目を閉じるや目付きが変わる。真逆な雰囲気に“悪い刑事さんだ”と察した狂は箸を置く。前のめりになり、声を抑えながら別の話を切り出す。


「ねぇ、あのさ。五平餅食べてたときから気になってたんだけどスマホ見せてくれない?」


 その言葉に剣崎は無言でジャケットのポケットからスマホを出すと「払ってくる」と伝票片手に席を立つ。

 狂はうどんを食べながら剣崎のスマホを画面を点けるとパスワードを打ち込む背景をじっと見つめる。



赤い液体の中で白い花のブーケを持った美しいウェディング姿の女性の画像”



 それは、水彩画のように美しく優しい。

 狂でさえ惚れる代物だった。



 ――こんなの見たことない――



 口に出さないが口に手を当てる。箸を動かす手が止まり、美しさに見とれていると「そんなに俺のが綺麗か」。静かに腰かけ足を組む剣崎に目を向けると自慢げに笑う。


「綺麗だろ。俺の中では一番の傑作・・。加工で誤魔化してるがな」


 ――傑作。


 その言葉を聞いて”悪な剣崎“の怖さを知ったか。えっ、と目を丸くする。


 ――此処では言えない。

 この写真の真実。


 動揺する狂が面白いか、机に肘を付き口パクで何か言うと――狂はヤバッと言葉ではなく表情で返した。

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