ブラッティー・ツリー

 追い掛けて来るとは予想外。嘘でしょ、と狂も慌てて駆け出す。


「待て」


 前方から歩いてくる人にぶつかりながらも近付く足音から逃げる。だが、狂よりも足が速く。気付けばフードに触られたような強い引きが首を一瞬襲った。バランスを崩し足を引っ掛けられ、ド派手に転ぶと逃がすまいと馬乗りされ胸ぐらを捕まれる。


「お前か、アレを作ったのは」


 必死な顔に笑いたくなるも“はい”と言わせたいのか。さては【運べ】と頼まれた被害者と見ているのか。真実を知りたいと訴える真剣な眼差しに狂は意地悪な笑みを浮かべた。


「さぁ――」


 靴底をさりげなく剣崎の腹に添え。


「どうだろう」


 後転と同時に一回り大きい剣崎を投げ飛ばす。しかし、相手は警察。一筋縄では行かず、受け身を取るや直ぐ様立ち上がり身構える。そんな剣崎に狂は乱れたフードを弄りながら誘うように言う。


「知りたいなら着いてきなよ、刑事さん」


 ベーと舌を出し挑発。それに、舐めてんのか、とギリッと歯を鳴らすと再び駆け出した。人と人の間を縫うように抜け、一人一人入るにはギリギリの裏路地に逃げ込むとフェンスが道を塞ぐ。しかし、足は止めない。真横にある建物の壁を強く蹴り、イチ、ニと踏み込むと蹴り跳ね危なげにフェンスを越える。


 パルクールのような身軽で隙のない動き。


 ハハッと狂は人並み外れた運動神経を自慢するよう笑うと剣崎も真似するよう壁を蹴り、フェンスを軽々と越えた。マジかよ、と一瞬で狼狽。それに今度は剣崎が見下すよう嗤う。


「意外だったか? こう見えて動くのは好きなもんで」


 剣崎は一歩踏み出すとショルダーホルスターからハンドガンを引き抜く。狂は“銃”を見て素直に軽く手を上げると顎で後ろを差す。

 大人が壁に張り付いて横歩きしたら入れる程のとても狭い道。なんだ、と剣崎は誘われるよう歩き出すと建物と建物が密集した場に古いからと見捨てられた小さな一軒家。今にも崩れそうなほど外観は痛み、運悪切れば崩れるんじゃないかと警戒するも玄関に立つと動きを止め、言葉を失う。



 目の前にあったのは――。



 返り血を浴び真っ赤に染まったクリスマスツリーとオーナメントにしては大振りな斬り落とされた頭部、足、腕、心臓、肝臓と大きな臓器に。街を照らすイルミネーションのようにぶら下がった腸や皮膚、肉。

 あまりにも残酷なモノに吐きはしなかったものの剣崎は視線を逸らす。


「此処さ。オレのアトリエの一部で勝手に絵を描いて変に有名になってる人いるでしょ。それに憧れてるんだよねぇ」


 恐れ知らずか。剣崎の後ろから堂々と近づき彼の肩に顎を乗せる。


「刑事さんにプレゼントを作ってたらリースだけじゃ物足りなくて内緒でもう一作品作ったんだ。それも新鮮な女性・・・・・でね。朝出来たばかりの新作だよ。ほら、美しいでしょ」


 スッと“それ”を指差すとよく見れば袖で隠すように腕には“乾いた血”。それをじっくり見て欲しいのか袖を捲るとベッタリとボディーペイントのように一部が赤く染まり、はしたなく舐める。

 狂の変わった態度に剣崎は嫌そうな顔をするも“作品”に目を向け「綺麗・・ではないがオレが担当した奴らの中でもお前は飛び級だ」の言葉に褒められてると勘違いしたのだろう。狂はギュッと背後から剣崎を抱き締めた。


「嬉しいなぁ、初めて褒められた。殺し仲間にも言われたくないのに。そういえば刑事さん、良い体してるしオレ好みなんだよね。(背伸びし甘い声で)作りがいがありそうで」


 ククッと奇妙に笑うと、剣崎の目を塞ぎ狂気満ちた声でそのまま生々しく行程を言う。想像しているのか狂は愛おしそうな表情で――。


 薬品で眠らせた女性が起きないうちに“心臓”を避けるよう何度も刺す。血は邪魔だから劣化させないように抜くんだ、と。ある程度抜いたらチェーンソーで四肢を切る。オーナメントは大振りじゃないと良くないでしょ、と「ブウウンッ」と口でチェーンソーの音を真似ては大笑い。

 続けて、四肢に差し込むと風船が割れたように飛び出す血。それがまた興奮するんだ、ドクドクと流れ出る姿こそ人間よりも人間らしいよね。いや、生きている人を解体していること自体が作品。全ての行程が作品で更なる美しいものが出来る、オレ良いこと言ってない? と自画自賛に剣崎はため息を漏らす。


 楽しそうに話す狂。

 それを異常なほど冷静に聞く剣崎。


 話は終わらず、オレは残飯みたいに残すのが大嫌いだから腹をナイフで開いて臓器を何もかも全て取り出して飾り付けた、とソッと手を離す。


「気持ちよくない? ぞくぞくしない? 生暖かいと。臓器を素手で触った感覚。ネバネバしてて滑っててあぁ……想像してるだけでたまらない。死んで冷えたモノより魅力的だよ。ほら、突然送事故に巻き込まれて、痛みそっちのけで笑った顔で死ぬとか最高。美しすぎる」


 興奮しているのか早口以上のマシンガントークで自分の美学を“敵である警察”に何度も繰り返し言う。これは美術の授業か、と剣崎は呆れ手錠を取り出し見せ付けると我に返ったのだろう。煩い口が閉じる。


「他に言いたいことは?」


 緊迫する空気。


「なんも。沢山話したらスッキリしちゃった」


 アハハッと笑う狂に警察は腕を掴み、手錠を掛けようとするも軽く当てるだけで填めはしなかった。

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