リース

 翌朝。

 展示会が始まり多くの人が観てくれる。そう思っていたが、配達員になりすまし届けたせいだろう。開始一時間遅れで会場である美術館に足を運ぶとパトカーが何台も停まっていた。

 野次馬が集まり、掻き分け割り込むと関係者と責任者の顔色が悪い。


「また、理解不能なアレか」


 呆れ果てながらも大人び落ち着いた声が耳に入る。それは冷静でワントーン低い。誰の声、と狂は興味ありげに見渡すと手帳片手に責任者と話す黒いツーピーススーツを着た三十代の男。取っつきにくい顔立ちで黒髪を軽くかきあげイカツイ。男は高身長で華奢な狂にはガタイがよく見え“関わりたくない”と思った。


 だが、この男が事件の担当なのだろう。


 たまたま手にしていた手帳には“BAN”の写真が貼られ、殺し方から死体の状態まで細かく書かれていたのがチラリと見える。


剣崎けんざき刑事」


「あ? なんだ」


 部下と話し込む姿に狂はニヤリと歯を見せ笑い、こっそりスマホで写真を撮る。下の名前も知りたいな、と思ったが深追いは危ないと狂はその場を立ち去った。



 ――剣崎刑事か。フフッ――



 展示会は中止となり愕然とするも大事になる前に誰かがSNSに投稿したのだろう。『これ、“爪”じゃねぇ?』と呟きが拡散しバズっていた。


 ――あぁ、オレの作品が拡散されてる――


 声には出さないが嬉しさに一目気にせず両手を上に跳び跳ねながら最寄りの駅へ。

 秋が終わり冬が強まる季節。駅にはポインセチアが飾られ、ショーウィンドウや広告にはクリスマスの品々。


『クリスマスまで後○日』


 プレゼントを買えと言わんばかりの急かすデパートの広告にハッと狂は嗤うとあるモノに目が行く。


 “クリスマスリース”


 無表情でそれを睨むと違う意味で笑う。


 ――そうだ、刑事さんにプレゼントを送ろう――


 インシュピレーションが湧き、今すぐ取り掛かりたくなった彼は駆け出す。

 ホテルに戻り、いくつもの段ボールに詰めていたバラバラの死体をひっくり返す。それは“キク”の時に余ったモノで――無我夢中に血だらけの腕と足を手に取る。


 子供の手首を二つ組み合わせリボン・・・

 大人指と子供の指を編み込んだリース・・・

 臓器提供用に解体した胴体から干からびかせた血管を綺麗に取り出し、リボンとリース優しく結ぶ。


 しかし、物足りない。

 まったく魅力を感じなかった。


 なんだよ、と余った四肢を見つめ、肉からはみ出た骨を見た彼はニヤリと笑う。

 持ち歩いている赤錆びれたナイフをパーカーから取り出し、腕に一本切り込みを入れるや素手でメリッグニュッと皮膚と肉を剥がす。


 欲しいのは“骨”。

 それ以外はいらない。


 剥ぎ取る反動で飛び散り滴る血が手や服を真っ赤に染めるも慣れた手付きで表情一つ変えず。スライムを触っているような生々しく嫌らしい感触に逆に気持ち良くなり興奮。血の付いた手で顔を覆っては塗りたくり、ペロッと指を舐め鉄の味を味わう。

 しかし、強引にノコギリで切断した断面。ギザギザとざらついた箇所が気に入らず、部屋中の棚や引き出しを漁ってはヤスリを手に研磨。納得するまで削り、台所で水で血とこびりついた肉を引っ掻き落とす。丁寧にタオルで拭き、軽く干し、腕や足で少し大きめのリースを作っては干からびかけた腸を結びやすいように切り、指と骨を固定しながら巻き付けた。


『メリー


 メッセージカードに殺した人の血をインク代わりに万年筆で文字を書く。真っ白な箱に二つを詰め、太い大きめなリボンで可愛くラッピング。腐らないよう冷蔵庫へ。



 そして、迎えたクリスマス当日。

 胸をドキドキさせながら夕刻時、警察署の受け付けに配達員を装って渡す。

 親切な受け付けの女性が剣崎を呼び、ポールペンでサインを貰う。予想外の至近距離に思わず笑いたくなるが、剣崎の鍛えられた体に目が行く。


 ――良い作品になりそう――


 そう思った瞬間、何故か無性に殺したくなった。


 ご苦労、と欲を冷ますような冷たい声に頭を下げ立ち去るやその場で開けたのだろう。門を抜ける手前で「おい」と呼び止められ、狂は小さく手を振り言う。


「メリークリスマス・・・・・、剣崎刑事」


 その言葉に剣崎は「お前か!!」と怒り籠った声で地を蹴った。

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