見守る

福山典雅

見守る

 あの時、言葉を出せなければ、俺は親友を無くしていたかも知れない。


 大学に入って3年、何がどう過ぎようが止まってしまった時間は動かない。


 それでも俺は毎日を積み重ねて生きている。






「ほいよ、春斗、コーヒー」


「サンキュ、蒼汰」


 目の前でうまそうにコーヒーを飲むのは蒼汰、大切な親友だ。


 中学で知り合ったこいつとは、足掛け9年の付き合いになる。もう俺の中では生涯の友として位置付けている。俺がこいつをないがしろにする事は絶対にない。


 最初は普通につるんで、気の合う仲間程度だった。でもこいつのいい所に気が付くには、俺が成長しないと駄目だった。


 成長って奴は何も俺がまるで変わってしまう事ではない。例えるなら小さなレンガを積み上げて、ちょっとずつ俺と言う人間の土台を固めてゆく作業だ。少しづつしっかりと整えられた足場に俺は立っている。


 だから俺自身は変らない。


 そうして積み上げられ少し高くなったレンガの足場から世界を見ると、今まで見ていた低い景色とほんの少し違う見え方がして、色々な事が判る様になる。


 これが成長って奴だ。


 わかったフリをして成長をほざく奴は、単に価値観を着替えているだけで、何も変わっちゃいない。ファッションみたいに自分の価値観を変えて誤魔化しているだけだ。俺はそういう奴は信用しない。


 蒼汰は俺みたいにおぼつかないレンガ造りと違って、ピンと一本の大きな柱を立てたその先に座っている様な男だ。見た目は大人しくて控えめに見えるが、実は大きな男なんだ。だから俺は密かにあいつに憧れている。


 俺が女だったら絶対にあいつを選ぶ。間違いない。


 俺は大きな男に憧れている。





「あ~、まいった」


 電車に揺られながら、俺は自分のジャケットにこびりついたゲロの匂いにやられていた。別に俺がゲロったわけじゃない。サークル仲間の女で彩葉って子のせいだ。


 俺は清史郎っていう馬鹿だけど憎めない奴と大学で友達になった。こいつのいい所は嘘がない事だ。もちろん俺だって嘘をつかなくていいならつかない。普通の奴らは嘘をつきたくないから、誤魔化したり、逃げたりする。


 でも清史郎にはそういう所がなくて馬鹿だ。その上、家が旧家だかなんだか知らないが、途方もない金持ちの上にイケメンだ。腹は立つが馬鹿だから許す。


 その清史郎がサークルを作るって言うから俺は入った。そんで親友の蒼汰も誘った。サークル名は「いみじくもひとごこち」っていう変な名前だ。これは琴奈って子がつけた。清史郎がこのサークルを作るきっかけになったのも、琴奈から頼まれたからだ。そしてその琴奈の親友が彩葉と言う訳だ。


 その彩葉が、俺のジャケットにゲロの匂いをつけまくってくれたんだから、困ったものだ。あいつは酒が好き過ぎる。俺達だからいいが、もし変なやりチン野郎どもの腐れサークルなんかに捕まったら、あっという間にやられて動画を撮られ終わるだろう。まあ、そんな事になったら、俺や蒼汰や清史郎がぶっ飛ばすけどな。


 この彩葉って女は色々困った奴だ。ゲロだけじゃじゃない。


 どういう事なのか、俺の事が好きらしい。


 背も高くて、性格も良くて、めちゃくちゃ美人だ。なんで俺なんだって困るもんだ。


 大学でも凄まじくモテてて、影のファンクラブだってある。俺が刺されたらどう責任とってくれるんだって話だ。


 一回目に告られた時は、冗談にして誤魔化した。


 二回目に告られた時は、相手にせずにほっておいた。


 そして今日のクリスマス、ゲロをぶちまけて、散々絡みまくって、三回目の告白をして来た。


 俺だって鬼じゃない。キチンと断ってやらないといけないって初めて思った。こいつがここまで酒を飲んだのも、もしかして俺のせいなのかとすげぇ自己嫌悪が沸き起こった。だから、ちゃんと答えた。


「……俺はお前の気持ちに応えられない」


 なんだか色んな感情が俺の中に起こってしまい、少し混乱した。


 そしてあいつは号泣した。とんでもなく号泣した。俺はただ黙って好きなだけ泣かせてやった。雪が降っていたから、俺のコートをかけてやって、気が済むまで泣かせてやったんだ。





 あいつはサークルを辞めるだろうなって思っていたら、次の日に普通の顔で「平気だよ」ってにっこり微笑んだ。無理してるのがバレバレだ。でも彩葉がそれを選んで、そうするって決めたなら、俺は何も言わない。


 他人の決意をああだこうだ言える程、俺は偉くない。気まずいとか、意識するとかも俺は考えない。俺がこの世界で女の子を意識するのは、たった一人だけだからだ。





「僕はバレンタインの飲み会は不参加。妹がチョコを持って遊びに来るんだ」


「「「「えええええええええっ!」」」」」


 バレンタインに俺達のサークルは、リーダーの清史郎が女子に懇願し、「バレンタイン強制、俺達を励ませ会」をやる。あいつらしい馬鹿なセクハラだ。そんでうちの女子達も「よし、惨めな男子を接待してやるかーっ!」と気合を入れてしまった。


 もう、馬鹿しかいないのか、ここは。


 俺は蒼汰が来ないのがとても寂しい。このサークルの良心、俺の親友、蒼汰がいないとどうなるかわかったもんじゃない。俺が最悪3人を介抱する可能性が高い。何て事だ!


 そんな蒼汰に清史郎が全力ですがりついた。


「蒼汰ぁぁぁ、そんなつれない事いうなよぉぉぉぉ、参加しようぜぇぇぇぇ、お願いだよぉぉぉぉぉ!」


「あっ、それは無理」


「ぐはっ!」


 うちの女子すらも陥落させるウザ絡みな清史郎を、一撃で屠った。


 流石は蒼汰だ。俺の尊敬する親友だ。


 まあ、その飲み会は案外修羅場にならず、普通に清史郎だけがぶっ倒れただけだから良かった。ただ、彩葉が手作りチョコレートなんか手渡して来た。俺は素直にいじらしいと思った。でも絶対にあいつの気持ちに応えることは出来ない。





 俺は高校2年の冬、当時付き合っていた彼女と死別した。


 思い出すだけで俺は自分を見失う。


 俺は女の子と簡単には付き合わない。遊びとかノリとか、または寂しさや性欲を埋める為とかで付き合うなんて馬鹿げてる。


 俺は古い頭を持っている。これは九州にいるじいちゃんの影響がもろに出ていた。男尊女卑を平気で行うじいちゃんは、何かっちゃばあちゃんに「女は黙らんか!」とすぐ怒鳴る。そんなじいちゃんをばあちゃんは、ニコニコして見ていた。


 俺はそれが不思議だった。さらにばあちゃんが亡くなった時、じいちゃんは一切涙を流さず、泣いてる孫の俺の頭を撫で「男が泣くな!」と怒った。でも、そんなじいちゃんが夜中、声を殺してばあちゃんの遺影の前で泣いてるのを俺は見た。


 ばあちゃんは俺に言っていた。「おじいちゃんはかっこいいでしょ」って。孫にのろけてどうすんだって思ったけど、俺はそんなじいちゃんとばあちゃんが大好きだった。


 だから俺は女の子と気軽に付き合ったりしない。生涯を共に出来る大事な人を探すんだって思っていた。


 そんな俺が高二の時に水希という女の子と付き合った。


 高一の時に身体の弱かった水希を、俺はちょこちょこ助けてやっていた。ひやかす奴もいたが、ぶっ飛ばして黙らせた。俺はそう言う奴らが大嫌いだ。


 水希はいつも俺に感謝して、小さなチョコを「お礼だよ」と渡してくれた。育ち盛りの俺に食料供給は有難い。遠慮なんかせず、喜んで貰っていた。


 そんな水希がバレンタインデーで、手作りチョコをくれて告白して来た。


 俺は焦った、そして正直嬉しかった、が逃げた。


 すぐに蒼汰に相談すると「春斗はどうなのさ?」と逆に聞かれた。俺は「……好きだと思う」と小声で言った。実はすごくあいつが気になっていた。


 すると蒼汰は「それで迷って逃げるなんて、なさけない。まるでカタパルトから発射され損なったジェット機みたいに無様だね。僕は春斗を見損なうよ」とずばり言いやがる。


 でも流石は蒼汰だ。その後にこう言った。


「僕の親友は照れくさいから女の子と付き合わないの? それって一生童貞だね。ずっと守って来た女の子をなんだと思っているんだよ」


 その言葉は刺さった。俺の心も決まった。速攻で水希に会いに行き、土下座して謝った。


「即答出来なくてごめん。俺も、いや、俺はお前が好きだ。付き合って下さい!」


 水希は笑って許してくれて、こうして俺達は付き合った。



 でもそれは呆気なく終わる。


 高二のGWに水希が入院した。熱っぽくてずっと体調が悪かったのだが、本格的に治療しなければ助からないと聞いた。


 俺は俺に出来る事を全部やった。学校なんかさぼって会いに行った。蒼汰も色々協力してくれた。俺は「この子を俺から奪わないでくれ、生涯守りたいんだ!」って神様にさえ全力で祈った。


 でも夏の迎える前に、水希は亡くなった。


 俺はたった一人の大好きな女の子を助けられなかった。彼女を生涯守るって決めていたのに、最後に「ごめんね」なんて言わせてしまった。


 俺はふさぎ込んで部屋に閉じこもった。家族は俺をそっとしておいてくれて、食事をいつも部屋の前に置いていてくれた。


 俺はどうしようもない虚無感の中にいた。もう死んでも構わないと思っていた。


 そんな時に蒼汰がやって来た。


 俺は上手く喋る事が出来なくて、虚ろな目でただ一瞬だけ見て顔を伏せた。


 蒼汰はそっと隣に座って、俺の大好きだった缶コーヒーを目の前に置いた。


 それだけだった。あいつは何も言わない。


 それからもただ毎日俺の部屋に来て、じっと何時間も隣に座っていた。そしていつも缶コーヒーを置いて帰った。俺は飲む気が起こらず、どんどん山積みなっていったが、あいつはやめなかった。


 そんな時間が2か月に及んだある日、俺は蒼汰に声をかけた。


「どうして……」


 それ以上言葉が続かなかった。


 どうして水希が死ななくっちゃいけない。


 どうして蒼汰は毎日来てくれる。


 どうして俺はこんなにどうしょうもない。


 色んなどうしてが頭を支配して、それ以上何も言えなかった。


 そんな俺に蒼汰は言った。


「やっと喋ったね」


 そう言ってにっこり笑った。


 その瞬間、なんでか知らないけど蒼汰の顔に水希が重なった。


 思わず俺は堪え切れずに嗚咽してしまった。


「男が泣くな」


 蒼汰が優しくそう言った、じいちゃんと同じ言葉をそう言った。


 みると蒼汰も目を真っ赤にして泣いていた。


 俺は瞬時に悟った。蒼汰にとんでもなく心配をかけていたんだ。


 そして、父さん、母さん、いや、彼女のご両親にも、そして学校の仲間や先生、俺は俺の周囲に関わる人全部に心配をかけていたんだって、その時にわかった。


 そんな当たり前の事にも気が回らず、俺は何ヶ月も一人で落ち込んでいた。


 水希が言っていた、「春斗くんは、周りの人に愛されてるよね」と。


 俺は蒼汰と二人でその日は思いっきり泣いた。そして、飲めなかったコーヒーを二人でがぶ飲みした。


 俺は大切な水希への想いを拗らせ、勝手に沼らせていた馬鹿な男だ。


 それから、まだ立ち直る事なんて出来ないけど、ちゃんと学校に行って、みんなに心配させない様に振舞った。決して無理をしているわけじゃない。心からそう思ったからやったんだ。


 俺は周囲の人間を、もっと気にかける様にした。俺は俺の大切な人達を大事にしないといけないってわかった。


 水希の事を忘れたりはしない。もう女の子と付き合う事もない。でも俺の周りにいる人間を幸せにしたいと思ったんだ。





 今日はホワイトデイの飲み会だ。バレンタインには参加しなかった蒼汰も加わり、俺達はフルメンバーで楽しく過ごす。


 彩葉からその前に呼び出された。「決闘を申し込む!」なんてメールを送ってきやがった。沼ってるなあの女。俺なんかに何が楽しくてはまっているのかよくわからない。


 俺は大学に入り、少し大人になった。周囲はクールなんて言ってるが、蒼汰に言わせると、「春斗のクールって、僕から言えば単なる照れ隠しじゃん」とばっさりだ。


 ホント、蒼汰は俺の事を良く分かっている、流石は親友だ。もう抱いてくれ。


 俺はお前みたいに大きな人間になりたいんだ、蒼汰。


 色んな事を抱えながら、これが成長するって事なんだと俺は思っている。水希と一緒に過ごした日々は色褪せないけど、あの時見ていた景色と、今の俺が見ている景色は違う。


 それは悪い事じゃないよな、水希。


 多分お前が俺を見守る様に、俺もお前をまだ見守り続けるって決めている。


 雪が随分降って来た。もうすぐ春だって言うのに、寒くてたまらない。ホワイトデイに季節外れの雪って、ホワイトホワイトデイって言うのか? 誰にも聞けないな、こんな事。





















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見守る 福山典雅 @matoifujino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ