第三十話 怒らせたくない相手

 荒木正樹あらきまさきには何度も、それこそ何度も殴られた。

 だからこそ変わりたいと思い、進学校である今の学校に入学したのだ。

 なのに――。


「おい、千円。聞いてんのか?」

「な、なに……」


 ぎゃっははと、荒木の仲間が笑い出す。全員が悪そうだ。


「千円ってなに? ウケんだけど」

「俺が付けたあだ名。可愛いっしょ?」

「なんで千円なの?」

「ああ、毎日こいつからお小遣いもらってたんだよ。おい、千円。わかってんな?」


 千堂おれから千円を奪い取るから、千円。最悪で、クソみたいな思い出。


 あの時とは違う。そんなこと、するわけがない。


「おい、聞いてんのかよ? 早く千円出せよ」

「ぎゃっは、ひっどー。そいうことかよ」

「なあ? 無視すんなよ? てめえ、また殴られてねえ? てか、連絡先教えろよ。勝手に消えちゃってさー、小遣いなくて困ってんだわ」


 胸ぐらを掴んで、思い切り睨んで来る。

 正直、かなり怖い。震えは止まらないし、声が出ない。

 

 前に楽々と沙羅の悪口の靴を隠そうとしていた奴らには強く言えたが、自分のこととなるとダメだ。

 俺は……変わりたいと思ってたはずなのに。


「なあ、ちょっと通路見張っててくんね? お仕置きすっべ」

「おいおいマサキ、手加減してやれよ。人多いからな」

「なあに、任せろって」


 荒木の仲間が、通路を塞ぐ。


 もし、もしだ。こいつが沙羅と楽々の靴を隠していたら、俺は言えただろうか。

 反抗できただろうか……。


 ……いや、できる。


 二人の顔を思い浮かべたら、不思議と力が湧いて来た。

 もう、俺は――情けなくなんかない。


 二人と出会って自信がついた。修とも仲良くなれたし、美容室にだって通った。

 こんな奴に、負けない。


「離せよ! もう俺は変わったんだ!」

「ああ? なんだあ?」


 掴まれていた胸ぐらを外して、思い切り吹き飛ばした。

 しかし荒木は、かなり腹が立ったらしく、睨みつけてくる。

 拳を作り、ポキポキと骨を鳴らした。


「またお仕置きしてやるよ」

「絶対に負けない」


 俺は――負けない――。


「ちょっ、お前らなんだよ!?」


「律! 大丈夫!」

「律くん、大丈夫ですか!?」

 

 そこに、楽々と沙羅が現れた。二人は荒木たちの仲間の制止を振り払い、俺の前に立つ。


「律、何があったの?」

「あなた達、律くんに何をしたんですか?」


 どうやら俺の叫び声を聞いてきたらしい。二人の登場で、荒木たちがオドオドしはじめる。


「な、何だよお前ら? 誰だ?」

「あなたが誰? 何したの?」

「そうですね、先に答えてください」


 二人は毅然とした態度で、ハッキリと言い放つ。

 いや、俺だって二人に守られてばかりではダメだ。


「……こいつは中学時代に俺を虐めてたやつだ。でも、今は違う」

「はっ、良く言うぜ。てめえが友達いねえから、遊んでやってただけだろうがよ!」


 凄みをきかせるが、もう怖くない。二人に何かあったら、絶対許さない。


「なるほど、最低な奴らってのはわかった。律に何をしたのかわからないけど、これ以上手を出すなら許さないよ」

「私もです。正直、あまり良い人たちとも思えませんし」


 楽々が背筋を伸ばして言い放つ。

 そして、彼らのポケットに入ったタバコに気づいたのか、沙羅が履き捨てるように言った。


「おい、マサキ行こうぜ。段々人が増えてきやがった」

「ちっ、俺のパシリが色気づきやがって」


 荒木は舌打ちして、仲間たちとその場から去ろうとする。


「ちょっと、聞き捨てならないわね。律をパシリ呼ばわりなんかして、謝りなさい」

「はい、ありえません。謝罪してください」

「ああ? てめえら、少しばかし見た目が可愛いからって、調子乗りすぎじゃねえのか?」


 それには荒木も苛立ちを隠せなかったらしく、足を止めて振り返る。

 まずい、あいつは男女構わず手を出すことで有名だ。


「わかった。あんたモテないんでしょ? だから、律にやっかいかけてたんだ」

「そうですね、理解しました。ひがみってのはモテない人がやることです」


 楽々と沙羅は引かない。堪忍袋の緒が切れたのか、荒木が走ってきた。


「てんめえら!」

「――二人とも、どいて!」


 俺が二人の前に立ち、殴られないように庇う。

 しかし――次の瞬間、荒木は宙に舞った。


 なんと、沙羅が勢いよく投げ飛ばしたのだ。

 それも相手の力を利用しているのか、さらりと涼しい顔で。


「いってえええええええええ!」


 思い切り背中を強打した荒木が、泣き叫ぶかのように声を荒げた。

 流石にそれには警備員もやって来て、荒木たちの仲間は全員捕まった。

 

 俺たちは事情を説明、沙羅と楽々は正当防衛だと主張し、防犯カメラからもそれが証明された。

 そして喫煙をしていたこともバレたらしく、学校側に連絡をさせられたらしい。


 警備員曰く、退学になるでしょうね、とのことだった。


 全てが終わるころにはすっかりと日が落ち、俺たち三人はようやく解放されて帰り道を歩いていた。


「ありがとう、沙羅、楽々。俺……何もできなかった――いたっ!?」


 申し訳ないと思い言ったが、デコピンをくらってしまう。

 また楽々だと思ったが、なんと沙羅だった。


「ほんと、律くんは自分勝手です」

「え、どういう……」

「知ってるよ。この前、私たちの靴を隠してた子たちの前に出て、守ってくれたんでしょ?」

「な、なんでそれを!?」

「雄二先輩、それと修から聞いた。律が言わないでほしいって言ってたけど、伝えておくべきだと思ったってね」

「そ、そうなんだ……」


 あの日、二人には話がいかないように止めていたのだ。

 隠れて嫌がらせを受けていたなんて、マイナスな出来事を二人に伝えたくなかった。


「まったく、ほんと恰好いいんだから。でも、私たちだって、律を守りたいよ」

「楽々の言う通りです。自分だけいいかっこしないでください。もっと、私たちを頼ってほしいです」


 二人の真剣な瞳が、心に突き刺さる。もし二人がいなければ、俺は殴られていただろう。

 それに変わることもできなかったはずだ。


「わかった。ごめん……」

「ふふふ、よーし、許してやろう」

「もう、楽々言い過ぎですよ。でも、良かったです」


 二人と出会ってから、毎日が楽しい。弱かった自分の乗り越えられて、見た目だって変わってる。

 感謝してもしきれないくらいだ。


「本当にありがとう」

「えへへ、いいよー! じゃあ、今日はご褒美にお泊りね?」

「え、なんでそうなるの?」

「あー、女の子に質問しすぎはよくないよー」

「ええ、う、わかった」

「そうですね、私も賛成です♪」


 ずっと、ずっと二人と一緒にいたい。ただ、それだけ満足だ。


 そういえば……ずっと気になっていた。


「沙羅、どうして……あんなに強いの?」

「え、つ、つよい!? そ、そんなことないですよ!? 普通です!」


 慌てふためく沙羅、横では、楽々がふふふと笑っている。

 普通であんなことはできないと思うが……。


「沙羅、こう見えて柔道の段持ってるからね。律も怒らせないようにねー?」

「え、そうなの!?」

「そうですけど、別に乱暴なわけじゃないですよ!? ただの嗜みで……」


 嗜みであそこまで……楽々の言う通り、沙羅は怒らせないでおこう。


「でも、楽々だって段持ってますよ。剣道でめちゃくちゃ強いです」

「ふふふ、そうだね。竹刀一本あれば、あの人たちなら一瞬で倒せたと思う」

「へ、へーそうなんだ?」


 ああ、楽々も怒らせないでおこう。

 ていうか、二人とも強すぎない……?


 ————————————


 沙羅と楽々、強すぎ!? orトラウマ乗り越えた律、偉い!

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