第二十三話 沙羅と長距離バス。

 祝日。

 今日はめずらしく、沙羅に着いて来てほしい所があると言われた。

 待ち合わせは家の近くだが、目的の場所は結構離れた場所にある。


 例のごとく待ち合わせにはソワソワしてしまうので、思っている以上に早く出てしまった。


「まあでも、早い分には悪くな――」

「ふふふ、るーんるーん♪」


 歩き出し、目を疑う場面を目撃した。

 俺よりも随分と早く沙羅が待っているのだ。

 それも笑顔で、なんだったら鼻歌まで歌っている。


 長髪の先端を右手でクルクルしながら、目をつぶって音楽を聴いていた。


 服は花柄のワンピースで、手にはブラウンの鞄。


 もの凄くかわいい。

 いつもは真面目だが、好きなものだったり、可愛いものとなると子供っぽさが全開となる。


 おそらく、今日のことを想像してご機嫌なんだろう。


 気づけば笑みを零していた。


 声を掛けつつ、沙羅に近寄る。


「沙羅、早いね」

「るーんるんるん♪」

「沙羅ー?」

「るんるんっ♪ るんるんっ♪」


 何度呼び掛けても気づかない。

 楽々も言っていたが、沙羅は集中力が高いがあまり自分の世界に入ってしまうことがあるという。

 そう言われてみれば、今までそういう場面に出くわしたことがある。


 今もまさにそうだが。


 可愛いので見続けることはできるが、肩を叩く。


「るーんる、ふえ……り、律くん!?」

「ごめん。何度か声を掛けたんだけど」

「す、すいません! 私、つ、つい……見てました?」

 

 俯きながら、上目遣いで俺を見る。口はアヒル口のようにとんがっており、これもまたかわいい。

 顔が真っ赤なのは指摘しないでおこう。


「今着いたところだよ。何かあったの?」


 ホッと胸を撫でおろし、良かったあ……と呟く。それも聞こえてるんだけどね。


「い、いえ! では行きましょうか! あ、律くん早いですね?」

「待ち合わせに遅れないようにね。っても、沙羅のが早いけど」

「ふふふ、楽しみだったので。では、行きましょうか?」


 前回と違って今回はバスだ。

 一本だが、二時間以上かかるので道中は長い。


 近くのバス停から乗り換えて、長距離用のバスの席に乗り込む。

 窓際は沙羅に譲る。


 ネットでは、出来るだけ女性を優先! と書かれていたからだ。

 日々勉強。


「いいんですか?」

「もちろんだよ。お先にどうぞ」

「ふふふ、紳士ですね」


 スカートが捲れないよう、丁寧に手で抑えながら、ゆっくりと着席。

 隣に座ると、フローラルな香りが漂ってきた。

 

 楽々も沙羅も、どうしてこんなにいい匂いだろう。

 俺は……大丈夫か? と、自分の体をくんくんしていると、沙羅が首を傾げる。


「どうしました?」

「ええと……沙羅はいつもいい匂いするから、俺は……大丈夫かなってね」


 きょとんとした顔の沙羅が、まっすぐ俺を見つめてくる。

 次の瞬間、思い切り顔を近づけて来た。


「え、ええ!?」


 唇が触れ――るわけもなく、俺の首あたりに鼻を寄せ、くんくんと嗅ぐ。

 まるで子犬みたいに。


「えへへ、やっぱり律くんはいい匂いです。いつも、匂いがいいなって楽々と話してるんですよ。この前のお泊りでも、安心して眠ることができました」


 大胆なことを言う……流石に恥ずかしくて返答に困っていると、時間差で沙羅が恥ずかしいことを言ったことと気付く。 

 首筋から徐々に赤くなっていく姿は、何度見ても可愛い。


「ご、ごめんなさい!? うう……恥ずかしい……」

「ありがとう、嬉しいよ」


 それでは出発します、とのアナウンスが流れる。

 トイレは備え付けなので、そのあたりは安心だ。


「楽々は今、何してるの?」

「今日はお友達と遊ぶと言ってました。すいません、前回も猫カフェに付き合ってもらって今回も……」

「ううん、今日は俺も楽しみだよ! なんだって、ピーマンバナナ氏のサイン会だしね!」


 ピーマンバナナ氏とは、俺と沙羅が好きな小説家である。

 軽い作風から重い作風まで、さらにアニメや映画の原作も手掛けている実力者だ。

 普段はメディアに顔を出さないが、生まれた土地で初めてサイン会をするとの情報があった。


 俺たちは趣味が本なので、話が凄く合う。


「そうですよね、凄い楽しみです! 私、ピーバナさんのアニメが凄く好きなんですよ。魔法少女に昔から憧れて、魔法ステッキを買ってもらってよく振り回してました。……あ、子供の話しですからね!?」


 今朝のルンルンは、もしかしてその主題歌を聴いていたのだろうか。何だったら今でも振り回している可能性がありそう。

 今度、楽々にこっそり聞いてみるか……。


 ◇


「そうそう、あのシーンいいよね。――ぐう」


 話が盛り上がっている途中で、突然お腹が鳴る。

 そういえば朝ご飯を食べてこなかった。

 とはいえバスの中なので、今は仕方がな――。


「どうぞ、お飲み物もありますので」


 差し出された手には、手作りであろうサンドウィッチが握られていた。

 卵がたっぷりで、美味しそう。


「……作ってきてくれたの?」

「? はいそうですよ。朝早くですし、お腹が空くと思ったので」


 流石沙羅だ。子供っぽい所もあるかと思えば、こういうところはしっかりしている。

 少し大きい鞄だなと思っていたが、それだったのか。


「ありがとう、沙羅はいいお嫁さんになりそうだね。――うん、美味しい!」

「え、えええ……恥ずかしいです。ふふ、ほっぺに付いてますよ?」


 クレープ事件再び、俺のほっぺの卵を取って、沙羅がぱくりと食べる。

 後から気付いて顔真っ赤。何度みても……萌える。


 サンドウィッチを食べ終え、小説の話をしていると、途中で返答がなくなった。

 つまらなかったかな? と思って心配で視線を向けると、沙羅が寝息を立てていた。


 綺麗な二重に、染み一つない真っ白い肌。

 スヤスヤと眠っている。


 すると、コトンっと首が倒れて俺の肩によりかかる。


「すぅすぅ……」

「おやすみ、沙羅」


 到着まで後三十分、渋滞になってくれないかな? と、そんな変なことを考えた。


  ——————

 

 皆様のおかげで日間21位になりました!

 一桁台、狙えるように頑張りますので、応援よろしくお願いします(*´ω`*)


 第二十三.五話 沙羅と長距離バス――前夜。

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