第十五話 お花見前

 楽々――side。


 来週、律と沙羅とお花見をしようと話していた最中、田舎の叔母から電話がかかってきた。


「おじいさんが……入院しました」


 それを聞いて私と沙羅は電車に飛び乗った。


 原因は元々の持病ということもあって、ひとまず様子見ということだったけれども、私たちは不安だった。


「沙羅、どうしよう」

「大丈夫ですよ、楽々。お医者さんも少し疲れただけと言っていただけですから」


 退院はすぐできるらしいが、過去の記憶が蘇る。


 父と母が突然亡くなってしまったことだ。


 それから私たちは、叔父さんの病室に入った。


「すまんな、ここまで来てもらって」


「全然! それより体調は?」

「そうですよ。無理しないでください」


 問題はない。結論としては、今すぐにどうこうという話ではなかった。


 しかし叔父さんは高齢だ。

 そして私たちは、そのことを楽観視できるほどの思考は持ち合わせていない。


「二人が結婚するところまでは見たいなあ」

「そうね、お爺さん」


 何気なく言ったその一言が、私の心、そして沙羅の心に突き刺さったらしい。


 病院でひと時過ごしたあと、学校もあるので沙羅と帰りの電車に乗り込む。


 いつもとは違う雰囲気の無言の時間が続き、ほとんど同時に声をあげた。


「ねえ――」

「楽々は――」


「…………」

「…………」


 答えは同じ。

 花嫁姿を、見せてあげたいということ。


 もちろん私は律のことを頭に思い浮かべた。

 今まで生きていて一番好きだった、いや、今も好きだと思う。


 とはいえ、それは沙羅も同じかもしれない。


 まともに言及したことはないけど、沙羅が律のことを話すその目は、いつもとは違う。


 ただ一つ、過去の約束が重くのしかかる。


『三人で結婚しようね』


 そんなことは、この日本で出来やしない。

 そもそも律が私のこと、沙羅のことを好きかどうかわからない。


 好意的に見てくれていることはわかるけれど、十六歳の私たちにそんな権利すらない。


 ただお世話になった叔父さんと叔母さんを笑顔にさせたい。

 もちろんそれは私の意思でもある。


 そんな日がいつか来るのだろうか。


「沙羅は早く結婚したいって思う?」

「……ええと、私は……」


 ◇◆◇◆


 沙羅――side。


 楽々から突然訊ねられた言葉で、頭が真っ白になってしまいました。


 もしかしたら、楽々も同じことを想っていたのでしょうか。


 叔父さん叔母さんに、花嫁姿を見せたい――と。


「したいと思いますよ。ただ、相手がいればの話ですが……」


 真っ先に思い浮かんだのは、律くんの顔。


 私は好意的に思っていますが、彼の思考は当然わかりません。


 幼い頃から仲良くしてもらって、再会してからも趣味の話だったり、一緒にいて居心地がいいのです。

 私は昔から人に壁を作ってしまうタイプだけれども、彼の前だけは素の自分が出せる。


 それは横で見ている楽々もでしょう。


 一見明るく見えるけれど、人一倍繊細で、誰よりも優しい心を持っています。


 そんな楽々が私に質問してきたのであれば、そういうことなのでしょう。


 とはいえ、三人で結婚はできませんし、そのような話を進む段階でもありません。


 ただ、頭にはやっぱり浮かんでしまう。


 人の時間は無限ではなく有限で、最後の時はいつ訪れるのかわからないのだから。



 ◆◇◆◇


 律――side。


 お花見当日。


「「もし私たちを選ぶとしたら、どっちにするの? するんですか?」」


 二人がブランコ止めて振り返り、俺は言葉に詰まった。


 冗談で返そうとしたが、二人とも真剣な表情を浮かべている。


「楽々と沙羅に優劣なんてつけれないよ」


 本音だった。

 納得する答えじゃないのかもしれないけれど、嘘はつきたくない。

 

 怒られたらどうしようと思ったが、二人は顔を見合わせて、ふふふと笑い出す。


「律はほんとずるいなあ」

「そうですね、どっちも花嫁にしようとしていますね」


 沙羅が珍しく冗談を言って、俺を困らせる。

 しかしふと想像した。


 二人の花嫁姿……めちゃくちゃ綺麗なんだろうなあ。


 そういえば前にニュースで見たことがある。

 ウェディングドレスは一着約50万円。


 そのため、ほとんどの人がレンタルで済ませるという。


 ただ、そのキャンペーンだったり、SNSに公開してもいいという条件付きで、無料で写真を撮れたりするらしい。

 随分と大盤振る舞いだなと思って見ていた気がする。


 それを二人に伝えると、思ってる以上も何倍も反応が返ってきた。


「律、それどこでやってるの?」


 楽々だけではなく、沙羅もだ。


「律くん、どこですか!? 高校生の私たちでも可能なんですか?」

「ええと、どうだろう。ちょっと調べて見る」


 お花見そっちのけ、ブランコすらも忘れて、三人でスマホで検索をしはじめる。

 ポロっといった一言だったが、やはり女の子の夢なのだろうか。


 すると俺は、一つのサイトを見つけた。

 年齢制限もなく、時間制で貸し出しで写真撮影が可能だということところ。


 都内にしか存在していないが、幸い俺たちの家からも遠くない。

 最近オープンした結婚式会場が、期間限定でやっているという。

 それを伝えると、二人は目を輝かせた。


「沙羅、これなら叔父さんと叔母さんに見せてあげれるね」

「はい。あ、楽々! 今からでも間に合うみたいですよ」


 今からでも間に合う? え?


「もしかして……行くの?」


「当然」「当然です!」


 そうして俺たち三人は、お花見を早めに切り上げ、結婚式会場に向かうのだった。


 




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