第九話 楽々派? 沙羅派?

「やっぱり楽々だな。楽々派だわ」


 昼休み。先週まで沙羅派だったはずのしゅうが、勝手にお気持ち表明していた。

 理由を聞いてくれと言わんばかりの表情を浮かべているので、仕方なく訊ねる。


「それはどうして?」

「ギャップだよ。ギャップ。沙羅は確かに綺麗だし可愛いし奥ゆかしいけど、楽々は明るいと思いきやたまにめちゃくちゃ所作が綺麗なんだよな。あ、でも、沙羅も捨てがたいんだけどよ! なんていうか、わかるか!?」


 おそらく来週は沙羅派になっているだろう。一週間ごとに楽々か沙羅で揺れ動いている純粋な心は、ちょっとだけ可愛くも見える。

 頭は丸刈りだけど。そういえば顔はイケメンだ。


「修って、彼女とかいないの?」

「彼女か、いるぜ!」


 ほらよ、と見せてくれたスマホを覗き込む。

 そこには、もじもじと赤面する黒髪ロングの女の子が映し出された。

 そう、二次元のアニメ絵だった。

 これは確か、少し前に流行ったアイプラスというゲームだ。


 人口知能のAI彼女で、365日ずっと傍にいてくれるというフレーズで人気が出た。


 そういえば修は超人だった。普段はクラス内でもガンガン意見を言うし、授業中に面白い突っ込みだってする。

 なのにアニメや漫画も好きで、どんな話もなんでもござれ。


「可愛いだろ!? この前記念日でさ、ネックレスあげたらちょー喜んでくれたんだよ!」


 でもネットではイイヤツはモテないと聞いたことがある。そういうことなのかな。


「彼女の名前はなんて言うの?」

「楽々って名前だ! あ、でも先週は沙羅だったけどな! このゲーム、名前変更ができるんだ!」

「そっか……二人にバレないようにね。多分怒られるよ」


 ああそういえば、ちょっとだけおバカさんなんだった。


 その後、修はなぜかこの話をしはじめて、楽々になんか嫌やなとドン引きされていた。

 沙羅も、ちょっと嫌ですね、と睨んでいた。

 多分モテないのは、やっぱりこういう天然なところなんだろうな。


「そうだ律、放課後空けといてくれ」

「放課後? なにかあるの?」

「ついに今日決まるんだ。楽しみにしといてくれ」

「何が……?」


 ◇


「今から投票を開封する!」


 放課後の空き教室。同学年の男子生徒たちが大勢集まっていた。


 その一番前、教壇で先生のような立ち振る舞いをしている修が、真剣な顔つきで言った。

 全員のヴォルテージがマックスになっていく。


「「「「ウオオオオオオオ!」」」」


「静粛に! 静粛に!」


 修が注意すると、男子生徒たちが静かになっていく。

 それからゆっくりと投票紙を開いた。


「よし、まずは沙羅。奥ゆかしさが可愛いと、一票だ」


 黒板には、沙羅、楽々と分けられている。

 紙を開けると同時に、良い所一つを書いて、一票を足していく。


 つまり、多数決で楽々か沙羅を決める戦いをするらしい。

 まったくもって下らないと思うし、二人にバレたら絶対怒られるだろう。

 ちなみに俺が二人と仲良くしているのは、昔からの知り合いだと同級生に伝えている。

 だからこそ大目に見てもらえているが、言えるギリギリもあるのだ。


 とはいえ、良い所を書いていくところは好感が持てる。

 ただ票で優劣をつけるだけなら気分も悪いし……。


「次は楽々だ。明るくて接しやすい。うん、確かにな」


 つらつらと票と良い部分が書かれていく。


 そして教室内でも、一枚開封されるごとに、男子生徒が沙羅派と楽々派で分かれはじめた。

 男子校みたいなノリだが、見ている分には面白い。


 いまここで、沙羅と楽々の家でご飯を食べたなんて言ったら、俺の命は今日で終わるんだろうな。


「次は沙羅、楽々、沙羅、楽々、沙羅、楽々」


 次々と開封されていく。どうやら接戦だ。


 二人の良い所をまとめるとこうだ。


 楽々はやっぱり明るくて気さくで分け隔てないところが人気らしい。

 面倒見も良くて、頼み事を断らなかったり、運動神経抜群なところも可愛いとか。


 だけど、時折見せる大人な表情がぐっとくる。


 沙羅は大人しくて真面目だけど、丁寧なところがやっぱり人気らしい。

 だけど凄く気が利くというか、困ったこととかあると察してくれて声をかけてくれる。


 で、たまにご飯を食べている時に、はううううと声を出しているところが良いとか。


 ふむ、結構マトを得てるな。


 そして最後の一つを開封し終える。

 

「ぬおおおおおお……まじか……」


 しかし見事に、楽々と沙羅が半々になった。

 とはいえ、沙羅と楽々甲乙つけがたいということが証明されてしまった。

 まさに最強の矛と盾。


 けれども結果が出なかったので、男子生徒たちは、楽々だ! 沙羅だ! と叫びはじめる。

 次第に声が大きくなってしまい、誰かに聞こえてしまったらしい。


 扉が勢いよく開く。


「誰か私のこと呼んだ? って、なにこれ!?」

「楽々、どこへ行くの……って、なんですかこれ? 沙羅はふとももが柔らかそうで、楽々は足がすべすべそう……?」


「「に、逃げろー!」」


 誰かが言い出すと、蜘蛛の子を散らしたかのように消えていく。

 修は隠れていたが、楽々に肩を叩かれた。


「ひ、ひぃ」

「修、ちょっと顔貸してくれる?」

「す、すまねえ、すまねえええええええええええええええええ」


 しかし修は野球部の底意地を見せ、もの凄い速度で消えていった。

 そうして取り残されたのは、まさかの俺だけになってしまう。

 二人の目線が、俺だけに注がれる。


「ち、ちがうよ!? 俺は連れられただけで……でも、止めてはなかった……ごめん……」

「もう……でも、許してあげます。そのかわり、黒板消すの手伝ってもらえますか?」

「どうせ修が無理やり引っ張ってきたんでしょ。しょうがないなあ」


 た、助かった……。


 急いで黒板に書かれた沙羅派と楽々派を消していると、俺のポケットから何か落ちた。

 そして楽々と沙羅が、同時に拾おうとする。


 一体、何がおちたんだろう。


 だが二人が紙を拾った瞬間、記憶が蘇る。


『りっちゃん! これ書いといてくれよな! 楽々派か、沙羅派か!』

『えええ……そういうの嫌なんだけど……』

『いいじゃねえか! 男の嗜みだよ! な!?』


 思い出した。

 やばい、まずい――。


「楽々、沙羅、それは――」


 二人は、紙を開く。


「ん……楽々は可愛くて優しくて勇気もあるし、意外と料理ができる……?」

「ん……沙羅は綺麗でおしとやかで意外とお喋りなところが可愛い……?」


 楽々と沙羅、一人に絞るなんてできるわけがない。

 二人とも素敵なとことがある……。だけど、こんなの自分勝手に考えた言葉で……。


 ヤバイ、怒られる……。


「律……これって告白? 嬉しいんだけど」

「綺麗でおしとやかで可愛いって……律くん、私のことそう思ってくれてるんですか?」


 だが意外にも二人は嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。


 あ、あれ……? 助かった?



 その日、再び夕食にお呼ばれしたが、二人は終始笑顔だった。


「律、これも食べる?」

「律くん、飲み物足りてますか?」


「あ、はい……ありがとう」



 


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