第七話 初恋の相手

 楽々は料理ができないと謙遜していたが、それは嘘だった。


 キャベツの千切り、ネギを切る速度なんて、明らかにプロのそれだ。


「楽々、もう少しお塩を足したほうがいいかもです」

「はーい!」


 沙羅は味を整えたり、細かい作業を率先している。

 今日はせっかくだからと一品ものも多く作ってくれるらしく、普段コンビニ弁当ばかりの俺はワクワクしていた。

 とはいえ手持無沙汰。

 手伝おうにも邪魔になってしまいそうだと困っていると、それに気付いた楽々が俺に仕事を振ってくれた。


「律ー! お皿並べといてもらっていい?」

「合点承知の助っ」


 ちょっとだけだが、昔のように気持ちが砕けていた。

 冗談を交しつつ、コップを並べたり料理を運んだり。


 肉の焼ける匂いや、トントントンと誰かの作るまな板のがなんだか懐かしい。

 眺めているだけで申し訳なかったが、料理を運ぶ仕事をもらえた。

 三人分ともなると割と往復することになったが、とても楽しかった。


「さて、着席着席!」

「楽々、ちゃんと手をもう一度洗ってからですよ」


 はーいママ! と元気よく叫ぶ。

 短時間ながら多くの料理が並んでいた。

 肉じゃが、電子レンジを利用した煮つけ、白だしを使った卵焼き、お味噌汁、大根のサラダ、豆腐のピリ辛炒め。

 ご飯のお供が多すぎて悩んでしまう。


「凄い……二人とも、料理教室とか開けるんじゃない?」

「へっへー! 律は女の子を褒めるのが上手だな?」

「簡単なお食事ばかりですよ。でも、そう言ってもらえると嬉しいですね」


「じゃあ、お手てを合わせて―!」


 楽々が明るいいながら手を合わせ、沙羅もゆっくり手を合わせた。

 俺も急いで手を合わせる。


「「「いただきますー!」」」


 じゃがいもは柔らかく、卵焼きはふわふわしていた。

 当然のことだが、全てプロ並みに美味しかった。


 ◇


「最高だった……食べすぎたかも……」


 人生で一番食べてしまった。

 痩せ型で普段はあんまり食べないが、白米を3杯もおかわりしてしまった。

 なんだか申し訳なかったが、沙羅と楽々は嬉しそうだった。


「やっぱり男の子がいると作り甲斐があっていいね、沙羅!」

「そうですね。それに食べてる律くん、とっても可愛くて」

「……へ?」


 唐突な褒め言葉にアタフタしていると、沙羅が一呼吸おいて気づく。

 肩を竦めて、「す、すいません!?」と恥ずかしそうにした。

 それを見て、楽々が嬉しそうに頭を撫でる。


「おーよちよち」

「ふぇえ……」


 こういう時は立場が逆転するから面白い、というか尊い。


 さすがに洗い物は俺一人でさせてもらった。二人はじゃあ着替えてこよっかーと消えていったが、なかなか戻ってこなかった。

 お手洗いを借りようと思ったが、なかなか帰ってこないので申し訳ないなと思いつつ探しはじめる。


 ここだろうと思い扉を開くと、そこにいたのは――下着姿の楽々と沙羅だった。

 お互いにバスタオルで頭を拭きあっている。どうやらお風呂あがりらしい。


 楽々は性格と違って純白なフリルの付いたの上下の白のセットで、清潔感がある。

 驚いたことに、沙羅は少し大人っぽいレースの黒だった。


 って、それよりも!?


「お、律覗きかな?」

「ふえ? り、律くん!?」

「あ、あああああああご、ごめん!!」


 すぐに扉を閉め、背中越しで謝った。


 楽々はいいよいいよーと笑っていたが、沙羅のふえええと恥ずかしそうな声をあげていた。

 それから数分後、二人はお揃いのパジャマで現れた。もこもこしていて、触り心地が良さそう。


「ごめんねー、着替るだけのつもりだったけど、どうせだったらパパっとシャワーを浴びようと思って」

「す、すいません……。変なものを見せてしまって……」


 いえ、ご馳走様でした。という冗談はさすがに言えず、深々と謝罪した。

 楽々は「お詫びに何してもらおっかなー」と言っていたので、何でもしますと答えた。

 後からお借りしたお手洗いの中では、壁に二人の写真がいっぱい飾られていた。


「楽々、そこのヘアゴム取ってもらえる?」


 二人とも長髪だが、お風呂あがりは髪の毛を括るらしい。

 うなじが色っぽく、いつもより大人に見える。


 それから改めてお礼を言った。

 食事は当然美味しかったが、それとは別に楽しかったと。


「私もだよ。それに二人で楽しみにしてたもんね!」

「え? 楽しみにって?」

「律とご飯を食べることもそうだけど、こうやってまた遊んだりできることがだよ。田舎にいても、ずっと律の話題出てたし」


 前にも言われたが、素直に嬉しかった。沙羅もそうですね、と当然のように答える。


 他愛もない話もしていると、突然楽々が変な事を言う。


「三人婚って知ってる?」


 三人婚とは、二人の同性と一人の異性が結婚をすることを指した言葉らしい。

 幼い頃、結婚の約束を交わした記憶が蘇る。

 どうしてそんな約束をしたんだろうか。当時の俺は世界で一番イケイケだったに違いない。


「ただ、日本は出来ないんですよね。海外では認められてる国もあるみたいですが」

「そ、そうなんだ。それってすごいよね、二人を幸せにできる人って、なかなかいなさそうだし」


 等しく愛情を分け与える、簡単そうで難しいだろう。

 ただ、真顔で言う沙羅に驚いた。


 気づけば夜遅く、明日も学校があるので帰ることにした。

 再びお礼を言ったが、次はいつ来るの? と楽々がマジトーンで訊ねくる。


 明日にでも、と答えようとしたが、さすがに恥ずかしくてまた来るよと伝えた。


 下まで行くよと言われたら、お風呂あがりで風邪を引いてほしくないので、玄関まで見送ってもらうことに。


「ありがとう。ご馳走様。また今度二人にお礼するよ」


 なぜか二人とも、頬を赤らめている。


「ねえ、律。知ってる? 私たちの初恋の相手」

「初恋……?」

「ら、楽々何を言ってるんですか!? り、律くんおやすみなさい」

「にへへー! またねー律」

「え、あ、あ、あは、は、はい……おやすみ」



 最後はよくわからなかったが、今日は人生でも最良の日となった。

 おそらくこのことは、一生忘れない宝物だろう。


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