第六話 沙羅と楽々と買い出し

 放課後、楽々と沙羅とスーパーに来ていた。

 なので、三人とも制服姿だ。


 うちの学校は紺色のブレザーだが、楽々は上を脱ぎ、シャツ一枚で少し気崩している。

 沙羅はしっかりと着込んでいて、さらに皺一つもない。

 服装も性格が出ているみたいだった。


「ねー、沙羅。これ買っていい?」

「ダメです。無駄なものはいりません」

「えー! これないと死んじゃうー。糖分がないと死んじゃうー」

「チョコレートがなくても死にません」


 だだをこねる楽々とそれをなだめる沙羅。

 姉妹っぽいと言えばそうだが、まるで小学生のやり取りみたいだ。

 性格がこうも違うと、見ていて楽しく。というか、可愛い。


 先日沙羅に言われた通り、夕食にお呼ばれしたのだ。

 さすがに食べるだけというのも悪いので、買い出しから合流していた。


 沙羅が少し離れた瞬間、楽々がカゴの奥底にチョコレートを入れ込む。

 うっししと悪戯っぽく笑う彼女は、年齢よりも若く見える。


「律、しーだよ! しー!」

「どうせレジでバレるのに……」


 案の定、レジで沙羅にバレてしまったが、混雑していたのでそのまま購入することになった。

 楽々の作戦勝ちである。


 夜道、頬に当たる夜風が気持ち良くて心地いい。


 さらに楽々はチョコレートの袋を開けて、パクリと食べはじめる。


「えっへへー!」

「はあもう……楽々、明日はおやつ抜きですからね」


 天真爛漫な妹を持つと姉は苦労する。まさにそんな感じだった。

 だが沙羅は注意をしながらも笑みを浮かべている。その関係性が、


「そういえば、律くんってすごいですよね」

「ん? 何が?」


 突然、沙羅が訊ねてきた。

 「あ、そうそう!」と楽々も元気よく言う。


「私と楽々のことを一瞬で見分けられますよね」

「? だって、表情が全然違うくない?」


 そう言われると、同級生は楽々と沙羅をよく間違える。

 俺と違って、すぐ判断できないらしい。


 二人の話によると、唯一俺だけが、一目で楽々と沙羅を見分けられる。


 一卵性双生児とはいえ、どうしてわからないんだろうと不思議に思っていた。


「律だけ特別なんだよ。叔父さんや叔母さんだって、私たちのことよく間違えてたからね」

「そうですね。楽々はそれを逆手に取って、無断でおやつを食べたのを私のせいにしたりと大変でしたが」

「ぎ、ぎく。でも沙羅だって一度したことあるじゃん! 冷蔵庫の苺食べたのを私のせいにしたし!」

「それは楽々が先にするからでしょう」


 二人はよく言い合いをする。だがこれは猫同士がじゃれているのと同じだ。

 すぐに「ふふふ」と笑い出し、仲直りする。


 幼い頃から何も変わっていなくて、安心した。


 それから少しして、「ここだよー」と楽々が指を指したマンションは、俺の家と目と鼻の先だった。

 まさかすぎて驚く。


 さらにめちゃくちゃ綺麗なところだった。オートロックで監視カメラ、都内でもかなりセキュリティが高いらしい。

 俺のとは随分違うなと思いつつ、家賃をなんとなく聞いて見たらとんでもない値段だった。


 叔父さんと叔母さんが払ってくれていて申し訳ないと言っていたが、もしかて大金持ち……?


「たっだいまー!」

「律くん、どうぞご自宅のように寛いでくださいね」


 生まれてこの方、こちとら自慢じゃああねえが、女性の家に入ったことなんてありやせん。

 と、江戸っ子のような言葉が浮かぶ。


「お、お邪魔します……」


 玄関に足を踏み入れると、当然だが二人の靴が並んでいた。

 男可愛いヒールやピンク色のスニーカー、入った瞬間、フローラルな香りが鼻腔をくすぐる。


 まだ玄関だというのに、俺の心臓は限界を突破しかけていた。


 沙羅は丁寧にリビングまで案内してくれた。

 楽々はテキパキと袋から必要なものを取り出し、冷蔵庫に入れている。

 

 部屋は全体的に白を基調としていて、女性っぽさを感じられる。


 机と椅子は木製、テレビはうちのやつより二倍ぐらい大きい。

 カーテンは白で、カーペットも白。


 キッチンはアイランド式で、料理動画で見るような広々としたスペースがあった。

 沙羅は毎日料理をしているらしく、意外にもと言っては失礼だが、楽々も朝食を作ったりしているらしい。


 お弁当だけは早起きの沙羅が担当しているとか。


 俺も食材を仕分ける作業を手伝うことにした。

 他人の家の冷蔵庫、なんだか緊張する……。


 扉を開けるとびっくり、大量のシュークリームが入っていた。

 驚いていると、沙羅が、「あ、あああ……」と声を漏らしていた。

 楽々が、それ全部沙羅のだよ、凄いでしょ? と悪戯っぽく補足する。


 沙羅は首筋からわかるぐらい赤面していた。

 

「シュ、シュークリームがないと、人間は生きられないんですよ!」


 

 恥ずかしそうに叫ぶ沙羅は、スーパーの楽々そっくりだった。

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