第3話 二人のレジェンズと主将

 結果は非情なものだ。


 勝利を収めたのは上杉だった。


「バカ………な………」


 上杉は流れに従い遠回りする分、子龍は近距離を行く。


 誰がどう考えても勝負は明白だ。


 しかし、上杉が勝ってしまった。


「お、おいおい、嘘だろ!!?」


 皆が子龍の敗北に目を疑った。


 子龍はすべてを出し切ったような笑みを浮かべて言う。


「………俺の負けだ。」


 転がるボールはゴールへと向かうが、届くことはない。


 一人が拍手を送ると皆が続いた。


「すげぇ!! どっちもすげぇよ!!」

「まさか、あんな『方法』で子龍に対抗するなんて!!」

「しかし、残念だぜ!! バスケ部にあいつが入ればクリスタル大会優勝も夢じゃないかもしれないのに!!」


 上杉は何も言わずにバッシュの元へと向かう。


「勝負は俺の勝ちだな………バッシュは返してもらうぜ………」


 上杉が振り返るとボールはゴールに届いていた。


「は?」


 シュートしたのは子龍ではない。


 一人の少女だった。


「何言ってるのよ!! 最後の最後、ボールは届いていたわ!! 残念だったわね!! あんたは『バスケ部』に『入部決定』よ!! 

そうでしょ!! 子龍くん!!」


 これを言うのはバスケ部マネージャーの霧崎 彩音である。


 子龍が全てを捨てて悪女に乗る。


「そ、そうだな………『時間ギリギリ』で『シュート』が『決まった』のは『事実』………詰まり、俺の『勝ち』だな。」


 これには上杉も絶句した。


「い、いや、たしかにルール上はそうかも知れねぇが………」


 彩音が言う。


「『あんた』が『決めた』『ルール』でしょ!! そもそも、1v1ってあんたからは言ってなかったし!!」


 これには全校生徒もにっこり、皆が彩音に乗り始める。


「そうだそうだ!! ルール上、勝ったのは子龍だ!!」

「頑張れよ。上杉!!」


 上杉は絶叫する。


「ふざけんな~~~~~!!!!」


 こうして、子龍は試合には勝ったが勝負には負ける結果となってしまった。


「期待してるわよ。上杉くん!!」


 彩音の嬉しそうな顔が上杉の脳裏に刻み込まれてしまう。







 ―――翌日


「昨日の試合、すごかったな!!」


 一人の男が聞く。


「え? 昨日の試合、途中で見るのやめたんだけど、上杉が負けたのかい?」


 途中で見ていなかった男が聞く。


「何だよ!! お前見てなかったのかよ!!」


 そう、上杉の勝利で確信した者たちは他にも居た。


「え~~!!? 上杉くんが負けたの~~!!?」


 皆が騒ぐ中で、一人の者が説明した。


「でも、上杉は最後、子龍の命懸けのドライブをあんな方法で止めたじゃないか!!」


 これには一人の女子生徒が尋ねる。


「あんな方法って何よ!!」


 そう、どう考えても優勢なのは子龍、しかし、上杉は流れに逆らう子龍を超えていた。


 子龍は命を賭けて戦ったのに、上杉は命も賭けず、『知力』でそれを上回ってしまった男だ。


「勿体ぶらずに教えなさいよ!!」


 女子生徒が我慢できなくなってしまう。


 そこに、上杉が現れた。


「くだらん。ただ、『半回転』して止めただけだ。」


 『半回転』


 上杉は『流れ』に従い遠回りして子龍を止めていた。


 しかし、不利になるや『回転距離』を『半分』にしてしまったのである。


 そして、『正面』を向かずに『背中』で相手を止めたのだ。


「そ、それってどういうことよ!!」


 女子生徒が頬を赤らめて食いつく。


 上杉は女子生徒から熱烈な眼差しを受けると目を背けた。


「あとは自分で考えろ………」


 どうやら純粋な目には弱いらしい。


 勘違いした女子生徒は大声で言う。


「あたし!! 応援に行くからね~~~!!!」


 すると、次は彩音が現れた。


「ちょっと上杉くん!! バスケ部に来なさいよ!!」


 彩音が上杉を追いかけると全男子生徒が血涙を流した。


「な、なによ!! 彩音よりも上杉くんは私の方が好きなんだからね~~~!!!」


 彩音が追いかけるも上杉に全速力には敵わず、上杉は彩音の視界からみるみるうちに小さくなっていって消えてしまった。


「くっそ~~!!! あの不良部員め!! ちょっとそこのあんた!!」


 彩音が近くに居たオタクに食って掛かる。


「ひぃ!!?」


 オタクは彩音の殺意に怯んでしまう。


「上杉くんはどこで何をしているか知ってるわよね!!?」


 オタクは恐怖の余りに即答する。


「す、ストリートバスケで『桜井』くんとバスケをしています!!」


 彩音は悪巧みする。


「ふーーーーん。ストリートバスケのとこまで案内しなさいよ!!」


 彩音はオタクに案内をさせるついでに上杉のことを聞いた。


「過去に上杉くんと互角に戦った選手が存在した。その者の名前を『桜井 隼人(さくらい はやと)』といった。二人の勝負は決着が突かず、延長戦も引き分け、最後には1v1のフリースロー対決で勝負することになった。」


 彩音が言う。


「フリースロー対決? そんなのルールには無かったはずよ?」


 オタクは続ける。


「その時は事情が変わったのさ。でも、それでも二人がフリースローを永遠と決め続けるために公式側が根負けして二つのチームを優勝させたんだ。」


 彩音が驚いて言う。


「え!!? それって聞いたことがあるわ!! 前代未聞の2チーム優勝!! そのMVPがまさか………でも、二人はやめたはず、世間からも忘れ去られたっていうあの………」


 そう、世の中には必ず『例外』が存在する。


 どれだけ優秀でも世間から消えていく天才達、彼らが輝くには沢山の死者を出さなければならないだろう。


 そして、もう一つはそれに誰かが気付けるか………


 屋外のバスケットコートで二人の選手が対峙している。


 その異常な気迫に思わず彩音が言葉を飲み込む。


「そう、あの『伝説』にされてしまった『二人』さ………」


 そのぴりぴりとする空気の中で小さな男の子が空気を変える。


「あっはっはっはっはっはっはっはっは!! 上杉くんがバスケ部に!!? それは『災難』だったね!!」


 桜井 隼人は上杉と違い話しやすそうな感じだった。


「冗談じゃね~ぜ。だいたい、あんな烏合の集に入るつもりはね~よ。それに、俺が入ったとしても『クリスタルトロフィー』が無い。あんなゴミみたいな部に通うよりも帰宅したほうが有意義なのは明白だ。大体、あんなゴミみたいなチームに何ができる?」


 酷い言われようである。


 しかし、その通りだ。


 マネージャーや女にモテたいだけにスポーツをする人間に大会優勝など夢のまた夢、仲間割れするチームほど、おいしい相手は居ない。


「全くだね。それなら、行かなくてもいいんじゃない? バスケ部には『入部』してるんだし、『約束』は守ってるよね。」


 そういうこと、元々不本意な勝利だ。


 そんな勝利で人は着いてこない。


 当たり前だ。


 しかし、クズ共は他人を巻き込みこき使う。


 彩音が二人の間に入り込んでい言う。


「だったら、私のバスケ部と勝負しなさい!! 私が勝ったら、あんたのクリスタルトロフィーと桜井くんそのものも貰うからね!!」


 これを聞いた桜井は驚いてしまって彩音に目を奪われてしまった。


「………は、はい。って、えぇ!!?」


 これには上杉も大笑い。


「なるほど、桜井『くん』は女の子に弱いのか~~~。」


 上杉が誂うと桜井は観念して言う。


「いいけど、面倒だからルールはこっちが決めるよ。」


 桜井が説明すると彩音はそれに乗った。


 ルールの内容はかなり公平なものであった。


 バスケで勝負すれば勝つのは上杉と桜井だ。


 だから、バスケで勝負はしない。


 そのことに彩音は安心した。


「ルールは簡単、グラウンドを10周する。その間に、僕たちに追いつかれたら負け、僕たちは半周後ろからスタート、いいね?」


 詰まり、『体力』勝負、100人も居れば一人くらいは上杉や桜井に勝てると彩音が考える。


「そして、俺たちは『クリスタルトロフィー』を賭けている。もし、俺たちに抜かれたりしたら、そいつは『退部』してもらう。はっきり言って『クリスタル大会』に足手まといは要らない!!」


 その言葉に100人のクズ共が激怒した。


「なめんじゃね~ぞ!! 体力には自身があるんだよ!!」


 ゲームが開始されるとクズと侮っていたが体力だけは確かにあった。


「お、また上杉が勝負してるぞ!! こりゃあ、上杉の勝ちだね~。」


 サッカー部がバスケ部を除く。


 無論、子龍もその一人だ。


 1周4kmにもなる長距離に5週も走れば20kmとなる。


 流石に根を挙げるものが現れ始める。


「く、くそう………よくよく考えると40kmとかオリンピック選手もびっくりだろ!!?」

「こ、この辛いマラソンを………もう一度折り返すのかよ!!」


 20kmも着いてこれるものは数人しか居なかった。


「確かに、体力だけはすごかったね。でも、僕たちの敵じゃないよ!!」


 全く疲れを見せない桜井を見て抜かれていった体力自慢達は捨て台詞を言いながら崩れ落ちていった。


「こ、この………体力バカが………」


 しかも、上杉と桜井は競争している様子だった。


 100人の部員に取っては真剣勝負だったかもしれない。


 だが、上杉達にとっては遊びでしか無かった。


 そのはずであった。


 子龍が言う。


「ば、バカな………誰なんだあいつは!!?」


 そう、あの上杉と桜井が全く敵わず、寧ろ、その二人の背後を奪おうとしている。


「ど、どういうこと………あの人だけ、全く衰えないよ………」


 桜井が最後の一人に抜かれてしまう。


「そ、そんな!? こ、この僕が………!!?」


 上杉が意地になる。


「上等だ~~~!!!」


 ブランクが有るとは言え意地もある。


 しかし、意地がある。


 その男はわざと遠回りして上杉を待ち構えた。


 これには流石の上杉も激怒する。


「なめんなよ!!!」


 上杉の『全速力』、差はみるみる内に縮まって行く。


 しかし、無駄なところを全速力で走るこの男は気のせいだろうか、『上杉』よりも『速く』走っている。


「な、何者なんだよ………あいつは………!!」


 子龍が思わず叫ぶと上杉が背中に届くところで『更』に『速度』を『上げて』上杉を置き去りにしてしまった。


「か、完敗だ………」


 上杉が乱れる呼吸の中で男をじっと見ながら言う。


 彩音がその男にタオルを渡すとこんなことを言う。


「お疲れ様です!! 『主将』!!」


 その言葉に上杉と桜井が声を揃えて言う。


「しゅ、『主将』!!?」


 主将が二人に言う。


「これなら『クリスタル大会』も『優勝』できる!! よろしく頼むよ。上杉くん、桜井くん!!」


 その爽やかな笑顔と『優勝』という言葉に二人は負けを認めて同時に言う。


「はい………主将………」

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