第2話 流水の動きと流れに逆らう者

 『レジェンズ』、大会優勝者に公式から異名が与えられる。


 子龍は一人で何人ものプレイヤーを抜き去り、得点を奪うため、公式からは『一掃のレジェンズ』と呼ばれた。


 その卓越したドリブル技術は目を見張るものがある。


「10分以内に俺から1点でも取ってみろ………できたらお前の勝ちでいいぜ………ただし、シュートはペナルティーエリアとゴールエリアからだ!!」


 上杉が勝利条件を決めると子龍もそれに乗る。


「いいだろう!!」


 そんな中で一人の男が上杉の顔を見て驚く。


「ば、馬鹿な!! なぜ『彼』がここに!!?」


 その男は『オタク』と皆からいわれていた。


「オタクはあの『上杉』とかいう男を知っているのか?」


 一人の男子生徒が言うとオタクは真剣に悩んだ後で言う。


「子龍くんは『絶対』に『勝てない』よ………」


 その言葉に、皆が耳を疑う。


「いや、しかし、サッカーでの勝負なら子龍に分があるんじゃないのか?」


 そう考えるのが妥当だろう。


 子龍が得意の『フェイント』を仕掛ける。


 フェイントとは、右に行くと見せかけて実は左に行く、初動で相手に嘘の行動を見せ、それに引っかかった相手の虚を突く戦術だ。


「見ろ!! 子龍のフェイントが決まったぞ!! 上杉の負けだ!!」


 フェイントは見事に決まっていた。


 しかし、子龍は何かに阻まれて進むことができなかった。


 それは、『フェイント』に『引っかかった』はずの『上杉』が『目の前』に『居た』からだ。


「な、なぜだ!!? なぜ、俺の目の前に居る!!?」


 上杉は何も言わずに笑みを浮かべていた。


「なんだ? フェイントごときで『レジェンズ』が抜かれると思ってるのか? さぞ、『楽』な相手しか居なかったんだろうな………」


 レジェンズ………そう、眼の前に居る上杉も公式から異名を与えられたレジェンズの一人なのだ。


「おいおい、どういうことなんだよ!! 確かに、フェイントにはしっかりと引っかかっていたぞ!!」


 男子生徒が言うとオタクが言う。


「『流水の動き』………上杉くんの基本的な技さ………」


 流水の動き、普通の人間がディフェンスに回れば『壁』のような存在になるだろう。


 しかし、上杉のディフェンスは壁のように硬い守りではない。


 『水』のように形を崩さない。


 どれだけ匠に上杉を崩そうとしても『水』は崩れない。


 子龍はプロ選手のドリブル技術を用いて上杉に挑むことを試みる。


 しかし、そんなものも通用はしない。


 右に大きく外してドリブル。


 抜くためのものではない。


 故に、前に進まず右に移動し相手の後ろを通して左に行く。


 だが、体が崩れた上杉は、その『流れ』に従い。


 子龍の方へターンする。


 後ろに回ったボールなどに騙されたりはしない。


 ターンする時に上杉がボールを踏みつけて取れば思いっきり蹴り飛ばしてゴールからボールを遠ざける。


「はは、残念だったな。普通の選手ならボールを見失っただろうが、勿論、俺には通用しない!!」


 ある程度ボールを進めたが、ボールは一気に反対側のゴールまで飛ばされてしまう。


 ここから蹴ればイチかバチかで入りそうだが、シュートはペナルティーエリアからだ。


 シュートすれば負けてしまう。


「来いよ………」


 上杉が時間を稼ぐためだけに軸足を後ろに下げる。


 しかし、ここで子龍が思わぬ不意を突く。


 後ろを向いて見えないところからボールを上に蹴り、上杉の頭上を通した。


 上杉からはボールが見えていない。


 子龍が全力で走ると上杉もそれに合わせて全力で走ってくる。


 まるで、体だけを見ているかのようだ。


「なんでバスケのリングがあんなに狭くて、サッカーのゴールがあんなに大きいかわかるか? 『手』と『足』に差があるんだよ!!」


 手のドリブルと足のドリブルではできることが違う。


 足のドリブルはいつでもボールを追いかけなければならない。


 しかし、手のドリブルは違う。


 ボールを追いかける必要はない。


 『体』から入り込むことができる。


 バスケに置いて、『体』を入れられることは『敗北』を意味する。


 それだけではない。


 サッカーの試合では5点も決めれれば高得点と言える。


 しかし、バスケの試合では100点などという桁違いの点差がやり取りされたりもする。


 サッカーの方があんなにゴールが大きいのにたったの5点で高得点となる。


 試合時間もサッカーの方が長い。


 それなのに二桁の得点も稀だ。


「サッカーでは体が邪魔なのか、ボールが邪魔なのか、俺にはよくわからない。しかし、バスケにはそんなものはない!! 寧ろ、『体』が『武器』になる!!」


 上杉にとってみればサッカーのドライブはバスケのドライブに比べて生ぬるいものでしか無い。


 再び、頭上を狙えば今度は振り返って上を向き、落ちてくるボールを思いっきり蹴り上げる。


 再びやり直しとされる。


「くッ!! ダメだ。やはり、ゴール付近ではコントロールしなければならない。シュートもペナルティーエリアからだ。間違ってシュートになってしまってはいけない!!」


 しかし、ボール運びも今度は難しくなる。


 不意をついた攻撃はもう通用しない。


 地道にボールを進めてみれば残り時間は2分を切ってしまう。


 一人の男子生徒が言う。


「これはもう終わったな………考えてみると、サッカーがバスケの選手に敵うはずもないか………」


 しかし、オタクはそう思ってなどいない。


「それはどうかな?」


 オタクから見れば上杉には『隙き』があった。


「どういうことだよ?」


 そう、上杉は己の不利を承知の上で戦っている。


 レジェンズである子龍がそれに気付かない訳でもない。


「上杉、貴様は凄い奴だよ………だが、その『程度』では俺を止めることなどできはしない………」


 上杉は何も言わずに黙ってい聞く。


「確かに、俺はいい『環境』に恵まれていた。もし、こんな世の中でなければ、俺はお前に一生勝てなかっただろう………」


 上杉は笑っていう。


「フン………違うな。どれだけ悪影響な環境であってもお前は永遠に勝つことはできない………勝負は鍛え上げられた『フィジカル』で決まると思ってる内は永遠に勝つことができない。勝負は常に、多く考えた者が勝つ!! 『何も考えない奴は勝手に滅びるだけだ』!!」


 子龍は上杉の話など聞いては居ない。


 いや、聞いてもわからないだろう。


 だからこそ、子龍は今から『フィジカル』だけで戦おうとしている。


 無論、上杉はそういう意味で言った訳ではない。


 戦略だとか、知略的なことを言ったに過ぎない。


 それに、子龍がいい環境に居たかどうかなど定かではない。


 世の中が乱れ、罪人が裁かれない無能な政治家なら、子龍も被害者でしか無い。


 子龍が仕掛けた次の瞬間、上杉は『完全』に『抜かれていた』。


「なッ!!?」


 観客の生徒と教員が全員驚く。


 一番驚いたのは『上杉』本人だ。


 これにより、一気にペナルティーエリアまで追いつくことができる。


 しかし、その代償は小さくない。


 上杉が激怒する。


「バカかお前!! こんな『詰まらねぇこと』で『命』削ってんじゃねぇ~よ!!」


 上杉に取っては詰まらないクリスタル大会だろう。


 しかし、クリスタル大会を優勝すれば、可能な限り、政治家は支援してくれる。


 スポンサーも多いに注目してくれる。


 ドラフト1位も約束されると言っても過言ではない。


 強欲な連中からすれば上杉の言う言葉に驚くだろう。


 だが、子龍は上杉でも強欲なクズでもない。


「は、『母親』が………『病気』なんだよ………」


 上杉は酷く嫉妬した。


 だが、子龍から何かを奪うつもりはなかった。


 ただ、勘違いされて、悪者にされ、挙げ句には『臆病』と罵られた。


 仕掛けられた『喧嘩』に苛立ち、どれだけの艱難辛苦を乗り越えてきたか、それをわからせてやろうと思っただけ………


「だからって、てめぇの『体』を賭けることはねぇだろ!! このまま何もするな………俺は元々、貴様のクリスタルトロフィーを奪うつもりも無い。『敗北』を背負わせたままクリスタルトロフィーを返すつもりだった。」


 子龍が言う。


「『残酷』なことをするね。わからないな………こんな凄い奴がなんでクリスタルトロフィーを砕いたのか………勿体ねぇんだよ!!」


 残酷、それはお互い様だろう。


 先に上杉を罵り、臆病呼ばわりする。


 それも残酷、残酷には残酷で返したまで………


 結局、何もわかってはいない。


 わかっているのは『上杉』の方だけだろう。


 上杉が歯ぎしりする。


「いいだろう。そこまで言うなら来いよ。だが、勝負は見えている!! 俺の勝ちだ!!」


 一人の男子生徒がオタクに聞く。


「おいおい、さっき子龍は何をしたんだ!!?」


 オタクは眼鏡をかけ直して言う。


「決まってるだろ………己の『膝』を犠牲にしたんだ。」


 そう、どんな未熟な選手でも達人に勝つためにしてしまうこと、それは『自分』の『体』を『犠牲』にする『者』だ。


 善か悪かでいうなら間違いなく善である。


 プロでも悪人はこう指示する。


「あの選手をファールで止めろ!!」


 と、こういう命令をする人間はどれだけ偉く、立場が上でも、ゴミであり、無能だ。


 そういうゴミ共に比べればマシな方である。


「詰まり、子龍くんは右から左に移動する時、『流れ』に『逆らって』無理矢理移動したんだよ。膝に多大な負担を掛けながらも………ね。」


 オタクが上杉の弱点を突くとは言ったが、こういう意味でもない。


 これを見た時、オタクは全てを理解した。


「なるほど、それなら確かに子龍にも勝ち目があるぜ!! 後一回だ!! 後一回抜けばお前の勝ちだぞ!!」


 皆が期待する中で、上杉からは笑みが消えていた。


 サッカー部からも声援が送られる。


「上杉ビビってるよ!! 決めてしまえ!! 子龍!!」


 無論、バスケ部のクズ共も野次を飛ばす。


「なんだよ。バスケのレジェンズは大したことないな。」


 この中で上杉のことを理解しているものなど居ない。


 子龍が最後の勝負に出る。

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