第39話 すぐにバレてしまう

 地竜は、ゲヘナの大剣で尻を叩かれると、短く吠えてスピードを上げた。だが、地竜は怪我をしているようだ。走りはするけど、所々で足がもつれて、とても頼りない。どうやらゲヘナは、倒れていた地竜を無理やり起こして跨ったようだ。

 だがそれでも、戦車で指揮をとるカティアを目指して、みるみる距離を詰める。その直線上に雪の兵士はいない。その進行を邪魔する者が誰もいない。

 ――やってしまった。

 カティアを一人にしてしまったのは僕だ。僕の責任だ。


「カティア――!! 狙われてる!!」


 僕が叫ぶとカティアも気が付いた。ゲヘナは真東から迫ってくる。カティアは驚いたようだが、ニヤリと笑うとツルハシを構えた。

 ――駄目だ。動かない戦車なんか捨てて逃げろよ!

 どう考えたって戦車の分が悪い。


「そうだ。六股君なら間に合う、飛んで!!」

「よし! て、――あっ、そんな、マジか!!」


 六股君は取り乱す。見ると、六枚の円盤に網目のような傷が走り出した。


「あああ!! 六股君、大丈夫――!?」


 元々ついていた浅い傷ではなく、深い亀裂になって表面を覆っていく。円盤の隅々にまで行き渡ると、完成直前のジグソーパズルを縦にしたように、六股君がバラバラに砕け散った。

 落ちた破片は、すぐに粘性のある液体になる。今までの経験からすると、ここから一度球になって、また変化するはずだけど――。

 六股君の疲れたような、それでいて申し訳なさそうな声がする。


「ダメだぁ、竜に受けた傷だと思う。今頃効いてきた」

「大丈夫なの?」

「多分、平気だ。だけど、当分戦闘には参加できないかも。カティアを助けに行けない」


 僕は「ごめん」と言い残して走りだした。

 カティアの戦車に、ゲヘナはかなり接近していた。それなのにカティアは、急に構えを解いて、ツルハシを胸の前に抱いた。抵抗をやめて、十字架にすがりついたように情けなく見えた。

 僕が、目を背けそうになった時、戦車の前では土が盛り上がり、中から飛び出した。――現れたのは骨だ。人型の骨だ。


 出てきた骨は、すぐに地竜と交錯する。

 ドンっ! と重い音がすると、両手をクロスさせた人型の骨が、地竜のあごを突き上げた。跨るゲヘナが、完全に頭と足を逆にして、遥か彼方へ投げ出される。

 カティアの召喚した骨が凶悪さを発揮したが、地竜が命を削って行った突撃の威力を、完全に殺せなかった。結果、戦車を巻き込むようにしてようやく止まる。カティアを乗せた戦車は、数回横転し車輪が飛んでしまった。


「カティア――!!」


 カティアがどうなったのか分からない。横転した戦車に隠れてしまって、よく見えない。

 僕は、カティアの名を呼びながら駆け付けた。戦車の荷台が逆さまになっているが、反対側に回ると、すぐにカティアがいた。なんと、先ほど召喚した骨が、膝をつきながらカティアを抱きかかえている。カティアの額から血が出ているが、特に苦痛に顔が歪んでいるような事もない。なので、拍子抜けしたように僕は言った。


「えっ、無事なんですか?」

「当たり前やろ。無事に決まっとる」


 カティアは不機嫌に言いながら、自分を抱く骨の手をどけて立ち上がった。そのはずみで骨の片腕が取れてしまう。おそらくカティアを守った衝撃だろう。取れた腕は、地面の上で粉々に砕けてしまった。

 カティアは、額から血が出ているのに気づいて、ちっと舌を鳴らす。


「もうええで。帰れ」


 カティアは、自分を抱いていた人型の骨に言った。その骨は、角もなければ骨格も小さい。もしかすると戦闘用の骨ではない。地竜との衝突によく耐えたが、至る所に痛々しい破損が見られた。骨は土に吸い込まれるようにして消えた。

 カティアは、落ちていたツルハシを掴んで振り向いた。


「さあ、かかってこい第十一書記のゲヘナ! 残念やったなぁ、私はピンピンしとるぞぉ!!」


 飛ばされたゲヘナが、大剣を引きずりながら歩いて来ていた。土でまみれて泥だらけだが、こちらも大した傷がない。死亡していても不思議ではない衝突だったにも関わらずだ。


「へっへっへ……、いいねぇ~カティアちゃん。やっとまともに相手をしてくれるんだなぁ。いい女じゃねぇか。楽しみ楽しみ。ぎゃっはっはっ、横の変な怪物ごと潰してやるよ」


 ゲヘナは、凄く下品な物言いをした。王位継承権持つ書記とは思えない体たらくだ。カティアは、己の身体を無遠慮に這う、ゲヘナの視線を手で払いながら言った。


「行け! 喪失武器ロストウェポン。圧倒的な武力でねじ伏せたって!」

「…………」

「ゴホンッゴホン。い、行くんや喪失武器ロストウェポン! 私の剣となって、あの変態をぶちのめしたって!」

「…………ん? そ、そうか! 僕か!」


 耳鳴りがして歯車が回転を始めたので、カティアが僕に命令しているのだと気がついた。

 ――今から勝負をするのは僕か! うわ――!?

 僕は一瞬弱気になったが、すぐに思い直した。


 まって、大丈夫。多分勝てる――。

 落ち着いて考えてみれば、僕は竜騎兵ドラゴンライダーの大軍を蹴散らす程の武力の持ち主なのだ。歯車の装甲でガチガチにかためられて、傷一つ負っていない。結論すれば――、

 ――やはり、今の僕を「個人レベル」で倒すのは無理だ。

 それこそ、あっちの竜と一緒に襲ってこない限り無理だ。今、竜は、翼が埋まっていて身動きが取れない。大丈夫、落ち着こう。だったら勝てる。

 僕がフーフー鼻息を上げながら前に踏み出すと、待ってましたとばかりに、ゲヘナが襲って来た。肩に担いだ大剣を、勢いそのまま振り下ろす。そこに躊躇ためらいはない。敵を殺すための剣だ。


喪失武器ロストウェポンだと? 本物か? 面白れぇもん引っ張り出してきたなぁ――!」


 僕の肩に大剣が当たるが、歯車が回転して弾いた。僕は、ゲヘナの顔面目掛けて、蚊も殺せないようなパンチを放つ。もちろん難なく躱されてしまったが、後ろに跳んだのをしつこく追いかけて、歯車が備わった腕を振り下ろした。その攻撃は大剣で止められた。僕はそのまま押さえ込もうと力を込める。歯車と大剣が火花を散らして、金属を擦る音が鳴り響いた。大剣の下から、僕の様子を窺っているゲヘナと目が合う。


「オイオイ、オイオイ。これが喪失武器ロストウェポンか? はっきり言って素人以下だぜぇ!!」


 ゲヘナは僕をはねのけながら、同時に顎を大剣の腹で殴った。


「イテッ、し、舌噛んだぁぁ――!」


 おっしゃる通り、喧嘩すらしたことが無いのに、まともな戦闘なんて僕には無理だ。抱きついて歯車を当てるぐらいしか、良い方法が浮かばない。

 身体中の歯車がうなりを上げる。僕は、会いたかった誰かを歓迎するように、両手を広げてゲヘナに組み付いていった。

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