第32話 色々と大変



 ■■■右軍より報告 次元の門を召喚する■■■



 高台から戦場を眺めて、第十二書記ダストンは渋い顔をした。

 いや、顔は胴体に埋まっているから、大きな瞳を細めただけだ。深く息を吸って吐くと、周囲に甘い香りが漂う。

 ――ビーレイが次元の門を召喚し、霊峰エデンザグロースにゲヘナを幽閉すると連絡してきた。

 それは霊峰を神格化し、何人の侵入すらも許さなかった雪男イエティの掟に反する行為だ。右軍の全滅を天秤にかけて、ようやく釣り合いがとれるような行いだ。


「そこまで危ないのか……? 右軍は崩壊するのか?」


 ダストンは一人呟く。

 中央の軍を抜けてきた一群がいた。ゲヘナが率いる二千の竜騎兵だった。ここ本陣ではなく、右に転換して駆け抜けて行った。少しして右軍が南北に分断されたと連絡が入ったが……。

 ――こうもたやすく、雪の軍勢が破られるとは……。

 ダストンは下唇の辺りの毛を触る。人間で例えるならひげをいじるような感覚なのだろう。

 ――雪の軍勢に奇襲は通じない。

 いや通じるが、雪の軍勢は慌てることをしない。だから通常の軍を相手にするより効果は薄いはずだ。ビーレイに連絡もしていたし、たかが二千騎。迎え撃つことは出来たはずだ。

 ――それなのに破られた。

 カティアが率いる中央軍も同様だ。

 あの二千騎だけが飛び出した。他の竜騎兵は足を止めて、泥臭い戦いを繰り広げているのに――。

 つまりそれは、本物の竜騎兵ドラゴンライダーの仕業である可能性が出てきた。真の竜騎兵は、一騎当千の力を秘めており、誰もその栄光に傷をつけることは出来ない。

 だが――、もしゲヘナが本物なら――。

 操る竜は下級の地竜ではなく、それ自体が伝説と成りうるほどの、翼竜のはずだが……。

 分からない。

 まだ何とも言えない。断言はできないが――。どうして右へ行った……?


「しまったな……。ゲヘナは真の竜騎兵ドラゴンライダーなのか? だとすればビーレイが危ない。喪失武器ロストウェポンは何をしている!? ビーレイを守ってやってくれ!」


 先ほどからビーレイに呼び掛けているが応答がない。他の仲間も同じだ。右軍からの情報が急に入ってこなくなった。

 東の空に、黒々とした雲が集まっている。あの下では嵐が起こっていそうだ。次元の門を召喚する時も、あのような雲が発生する。

 ダストンは大きな口を開けて叫んだ。


「霊峰エデンザグロースよぉ!! 我が叔父、ビーレイをお守りください!!」

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