第23話 山に住む人に連絡するには

「ダストンちゃん。久しぶり~。私を覚えてるかな? 昔一回だけ会った事あるんやけど」


 土を被ったカティアが、穴から顔だけを出してこっちに向ける。その白い顔にピンクアッシュの髪が、べっとりと貼り付いて、墓を破ろうとしているアンデッドのようだ。僕は股関の辺りが引き締まる思いがした。簡単に言うと恐ろしくてチビりそうだった。


「ちょっと、待っててな。すぐそっち行くからなぁ~イッヒッヒッ!」


 ――来なくていいかも!

 頭が引っ込むと、代わりに何かが煌めいた。それはカティアがいつも愛用しているツルハシだった。キラリキラリと何度も輝いて、その動きは竜巻のようになった。穴を広げている!


「カ、カティアがキタ――ぁぁ!?」


 僕と六股君は、同時に雇用主の名前を叫んだ。カティアはあっという間に姿を現した。信じられない。この分厚い山をトンネル掘ってぶち抜いて来たのか? 

 ――そんなのあり!?

 と僕だけじゃなく、六股君も思ったはずだ。だけど、すぐに思い直した。カティアに続いて黒い二つの影が、さらに多くの土を巻き上げて、穴から飛び出して来たからだ。


 出てきたのは、人の輪郭をした機械に見えた。古い時計塔の内部が露出してしまったように、顔も身体も錆色さびいろの歯車を積み上げて作られていた。

 その歯車をあらゆる方向に回転させて、二体の機械は直進を始める。唸る歯車が倒木を粉々に砕き、障害物などお構い無く平坦な道を行くようだ。

 おかげで周辺では、細かく切断された木々の破片や葉っぱや土など、山の中のあらゆる物が、ぐちゃぐちゃになって飛び散った。

 ゴツンゴツンと、破片が当たる。

 ――痛い痛いイタタタッ、てか危ない!

 すでに分かりきっている事だけど、僕と六股君の安全は誰も考えてくれない。

 ――だから、自分の身は自分で守るよママぁ!

 もうヤケクソになって、頭を守りながら中腰になる。涙が滲むけどなんとか耐える。通り抜けて行った二体の機械が、ダストンに襲いかかるのが見えた。


「やぁ!」


 歯車の先端で握られた拳で、ダストンの肩を殴る。か細い女性の声がした。オハナさんの声だった。

 ダストンは大きくのけ反った。大きな目が驚きと苦痛の表情を見せている。バランスを崩したダストンの背後にもう一体の機械が回り込み、右腕を後ろにひねりあげた。今度は、前屈みにされてダストンは悲鳴をあげる。


「や、やめてくれ! 痛い痛いぞ!」

「大人しくして下さい」


 右腕を掴んでいる機械の中から声がした。先生の声だった。間違いなく二体の機械は、先生とオハナさんだ。

 ――大変だぞぉ! お留守番をしていた先生とオハナさんが、人間じゃなくなってる!

 二人が通り抜けた跡だけは、結果的に綺麗に地ならしされていた。そこをカティアが危なげなく歩いてくる。


「第十二書記のダストン。その正体は雪男イエティ。普段は群れを作り、標高の高い山に住む。大人しい性格だが怪力の持ち主。お昼限定で、太陽光を集めた破壊光線を目玉から発射可能……。さらには、光を屈折させて姿を消すという、エッチな事に悪用されそうな特技の持ち主……。玉座目掛けて山から降りて来たんは良かったものの、すでに他の書記に侵攻されとったみたいやなぁ。動転した挙げ句、暴れ回ったというところか。どうや? 図星やろ?」

「うぐぅ……」


 前屈みになり、茶色い毛の塊のように見えるダストンから、苦痛の声が漏れる。カティアは側まで寄って、押さえつけられているダストンを覗き込むようにした。


「あんたは、自分の住みかの山さえ無事やったらええんちゃうの?」

「……そうだ。玉座など興味がない。書記の務めで降りてきただけだ。本当は山に帰りたい。書記など辞めてしまいたい」

「私が王様になったら、あんたをクビにしたるわ。どう? 仲間にならへん?」

「…………」

「師匠の森に、いっぺん立ちよった事があったやろ? そんときにあんたの肩に乗せてもらって遊んだんや。覚えてない?」

「マールはどうしている?」

「一緒に戦ってるで。今は第五書記のトリアを私の領地から追い出してくれてるはずやで」


 先生らしき機械が、ダストンの腕を離した。毛むくじゃらの物体が背筋を伸ばす。


「……お前の仲間を攻撃したが、もういいのか?」

「かまへんかまへん。そんなん気にすんなや。てか、そっちこそ大丈夫?」


 カティアは、つまらない事を言うなとばかりに、大きな声で笑った。

 ――いや……笑い事じゃないって……。僕と六股君死にかけたんですけど?


「大丈夫だ。私も、私の仲間も無事だ」


 ダストンはそう言った後で、低い唸り声を出した。甘い香りがする。

 それが合図だったのか、次々と現れた。ダストンとそっくりな茶色の怪物が。風景から滲み出るように、突然姿を現したのだ。

 十体、二十体、三十体……。どんどん増えていく。

 ――ええっ……囲まれてたの……?

 嫌な汗が噴き出してくる。ダストンと同じ大きな目玉が、大勢で僕達五人を見つめている。あの無数の瞳からビームが発射されたら、どうなるんだろう?

 ダストンは、僕と六股君の方を向いた。


「いきなり攻撃して悪かった。ここは、霊峰エデンザグロースに通ずる次元の門が隠されていてな。それを知っているカティアが攻めて来たと思ったのだ。もう少し落ち着くべきだった」


 ダストンの目が細くなる。六股君は頭を掻いた。


「いやぁ、こっちこそ色々投げたり蹴とばしたりしちゃって……大丈夫っすか?」

「気にするな。では、我々はもうお前たちとは戦わない。そして頼みだ。第十一書記ゲヘナと第九書記ニーチェの連合軍を、私の領地から追い出して欲しい。私は戦わないと伝えたのに、奴らは進軍を止めないのだ」

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