第17話 貴方の手だったのね

 はっと目が覚めて顔を上げると、先生と六股君が、ほけ~、と同じ方向を眺めていた。あぐらを組んで、魂を奪われていた。

 僕は先生に、さっきの女の子は誰なんですかと確かめようとしたけど、すぐに止めた。なぜなら二人の目線の先に、カティアがいたからだ。そこまではいい。そこまではいいのだが、そばに……カティアのそばに……変な奴がいる。巨大な人型の骨で、角が沢山ついている。そいつは右腕に、ロープで巻いたマールをぶら下げていた。


「お、おのれ、神木の精霊ハイ・エントよ! 粉をまけ!」

「いや、もうおらんし! お前の可愛いエントちゃんは、新芽になって生まれ変わったわ! ほれ見てみぃ! 私にめっちゃ懐いとる!」


 カティアの側には膝までの高さの二葉の植物があり、根が足の役割をして器用に動いている。カティアを主人だと認識しているのか、葉の部分をすりすりと、犬や猫のように懐いている。ひょっとして、この奇妙な植物は神木の精霊ハイ・エントの成れの果てだろうか。

 ――あんなに、でかかったのに?

 他の森の精霊エントを探すと、一キロ先にあった黒々とした森が忽然こつぜんと消えていた。赤い月に向かって、太い煙が何本も立ち上っており、見渡しの良い闇が広がっている。森の精霊エントの群れは何処へ行ったのか。風が走っていくと、遠くの地面がうごめいたように見えた。


「ど、どうなったの!?」


 声をかけると、先生と六股君が同時に振り向いた。先生と目が合ってドキッとするが、返事をしたのは六股君だった。


「何が?」

「いや、この状況だよ。僕達、金色の巨人に変態したんじゃなかった?」

「したした、それが凄くてさ」

「うん?」

「いきなりドーン! で目の前のでっかい森の精霊エントが跡形もなく吹き飛んでさ、それ先生がやった」

「うんうん」

「あのお爺さんも巻き込まれてさ、名前なんだっけ?」

「第十書記のマールね」

「そうそうマール爺さんが、頭を打って気を失ったのよ。今は元気だけどさ(笑)」

「うんうん」

「おしまい」

「いやいや、ちょっと待ってよ! 近くは分かったけど、遠くはどうなったの?」


 ――六股君。僕はもっと丁寧な説明を求めます。


「それから私と靴下君で、わちゃわちゃやりながら操作して、信じられないけど空を飛んだのよ。……私、二度と飛行機には乗らないと心に誓ったわ」


 振り向くと、オハナさんが上半身を起こしていた。非常にご立腹のようで、目が恐い。


「僕、そんなことしてましたっけ?」


 まったく記憶がない。まだ一時間も経っていないだろうに、自分の行動が思い出せない。自分の名前も分からないままだし、何だか途方に暮れてきた。先生が相槌を打った。


「あれは空爆でしたね。靴下君とオハナさんが頑張って操作してくれたお陰で、六股君も攻撃に専念出来たと思いますよ。最後は全員で気を失ってたみたいです。気が付けば地面に倒れていました。まあ、とにかく無事で良かった。お疲れ様でした」

「は、はあ……。まあ、無事に終わったならいいんですけど」

「なんて事だ……。森の精霊エントが全滅したのか。なら、ワシの負けじゃワイ。煮るなり焼くなり好きにしろ」


 汗をかき息苦しそうにマールが言った。カティアが腰に手を当てて、ふんぞり返る。


「流石師匠やなぁ。話が早いわ」

「師匠じゃと? 今頃かい調子のいいやつめ」


 第十書記のマールが負けを認めた後、初めてカティアが師匠と呼んだ。やはり二人は師匠と弟子の間柄だったようだ。マールはシワだらけの顔を更に渋くした。


「ワシは、お前の軍門に降ることにした。好きに使うがいい」

「ほんまか師匠? 私を助けてくれるんか?」

「ふん。ワシは諦めがいいほうでな。他の書記が変な法律を書き込むぐらいなら、いっそワシが玉座にと思っておったが、代わりにお前でもいいような気がしてきたわ」

「玉座に不可侵の結界は張ったまんまか?」

「そうじゃ。張ったままじゃ」

「でかしたで! なら師匠がここにおる限り、玉座はひとまず大丈夫やなぁ」


 マールは、右へ左へ揺れながら目をつむった。ブランコを漕ぐように自力で動かしている。酔いそうだが、案外集中出来るのかも知れない。


「残念ながら、破界師の末裔が書記におる。第三書記のサイファは、恐らく結界破りが出来る」

「ええ……、嘘ぉ? 結界破れんの?」


 カティアが酷く落胆したのが分かる。鎧を着込んでいるのに撫肩なでがたになった。


「多分な。ワシの芸術的な結界でも、永久に維持する事は出来ん。チクチクやられたら、いつかは崩壊するじゃろう」

「ええ! なんやそれ、じゃあ急がなあかんやん!」

「だから、力を貸すと言っておるのだ! 玉座は第一書記と第二書記の勢力間、ちょうど緩衝地帯にある。監視が厳しくて辿り着くことも出来んワイ。だから他の書記も、すぐには手を出せんじゃろ」

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