第6話 勝手に命名しないで

「お前はそうやなぁ……、花のような、ええ香りがするからオハナさんやな」

「え? 私がオハナ? 嫌です。ダサい」

「まあ、そんなこと言うなやオハナ。慣れたら大丈夫や」

「そりゃ慣れるけど、違うのにしてよ。私は江戸時代の人間じゃないのよ?」

「認めん。お前は今から喪失武器ロストウェポンのオハナさんや! 返事しろオハナさん!」

「は、はいぃ!」


 麗しいお姉さんが悶絶している。勝手に返事をしてしまう自分の喉を両手で締め付けているからだ。お気の毒にオハナさん。それ以上自分を責めないで。

 僕達四人には名前がない。

 いや、正確に言うと思い出せない。そこでカティアが、名前をつけると言い出した。それには賛成なんだけど、ボソッと言った理由が気になった。

 呼び名がないと円滑な作戦行動に影響が出るからだそうだ。作戦て……僕達に何をさせる気だ……。


 カティアが僕をじっと見詰めている。

 あおい宝石のように美しい眼差しだ。思わず呼吸を止められてしまったけど、次は僕の番なんだと気を引き締める。

 僕の容姿から名前を付けるなら、顔は特徴のない薄い顔で中肉中背だから……。見た目で半パン……。いや違う、ティシャツの方が目立つから白ティーか。どっちも安直でひねりが無い。そんな名前で呼ばれるのは嫌だなぁ……。自分で考えさせてくれないかなぁ。駄目だ。不安になってきたよママ……。

 僕が頭を抱えていると、カティアが顔だけを近づけてきて鼻をつまんだ・・・・・・


「お前は臭いから、靴下君や!」

「は?」

「お前は喪失武器ロストウェポンの靴下君や! ええ名前やろ?」

「はあああ? 臭いって何ですか! そりゃこれ着て寝てたし戦車も引っ張ってたから汗だくですけど、そこまで言わなくてもいいでしょう! そもそも僕は裸足で頑張ってるんですよ? 靴下って何ですか! ちょっと酷くないですか!」


 僕達は、村の中心である井戸の周りで騒いでいた。第十書記マールの領地に足を踏み込んで、すぐに見つけた村だ。つい先程まで、間違いなくこの村には人が居たと思われる。石造りの家の屋根から煙突が飛び出し、そこから煙が出ていた。


「黙れ! ひどない! 返事をしろ靴下君!」

「は、はいぃ!」


 僕は両手で喉仏の辺りを締め上げる。遅かった。勝手に返事をするな、この喉め!


「そして次は……」


 地面に直に座って、休息をとっている四人を、仁王立ちのカティアが目で舐め回す。遠目に見ても、主従関係がはっきりと分かる構図だ。


「お前やメガネ」


 次にカティアの標的にされてしまったのは、僕の真後ろで戦車を引いていたスーツを着た男性だ。三十半ば、仕事の出来る中間管理職のような雰囲気がある。長身で細身、物凄くモテそうだ。もうメガネって呼んでるんだから、わざわざ命名しなくていいのでは?


「お前は今からウンコ君や。喪失武器ロストウェポンのウンコ君」

「ふっ」


 スーツの男性は、鼻で笑いながら一瞬眩暈めまいに襲われたように、頭がぐらりとした。だが、男性は落ち着いていた。流石は大人だ。メガネの位置を僅かに修正すると、流暢りゅうちょうに話し始める。


「疑問があります。質問してもよろしいですか?」

「なんや?」

「色々なワードが有るなかで、どうしてウンコを選択されたのでしょう?」

「そろそろウンコに行きたくなる時間やからや」

「はは~ん。なるほど、毎日決まった時間にトイレに行くパターンなんですね。ですけど、それだと私には直接関係ないので、咄嗟の時に名前が出てこなくなってしまいませんか?」

「そうか?」

「そうですよ。この人の名前はウンコと、新しくインプットしなくてはいけません。それよりも、見た目だとか、その人の職業等から連想できるワードを使った方が、カティアさんも他のメンバーも、間違わないと思うんです」


 僕の名前、靴下君も、まったく見た目と関係ない。きっちり抗議したい。だが、今はこの男性のターンだ。流石にウンコはまずい。こっちだって、そんな名前で貴方を呼びたくない。頑張って交渉して!


「文句の多いメガネやなぁ。じゃあ何がいいんや?」


 カティアは面倒臭そうに腕を組んだ。

 横暴な雇い主以外、この場にいる全員が思っている筈だ。その【メガネ】しかないだろうと。


「先生と呼んでもらえるなら、ありがたいです。高校の教師なんです私」


 予想と違った。


「ふん。そうやったなぁ。わざわざこっちの世界まで来ても、先生と呼ばれたいんか? こじらせとるなぁ」

「ふっ、ですね。まあ、約束なので……」

「よっしゃ分かった。今からお前は喪失武器ロストウェポンの先生や!」


 良かった。ウンコじゃなくて。僕は胸を撫で下ろした。それにしても、高校の先生だったのか……。その職業に就いている人を久しぶりに見る。こんなにカッコいい先生がいるとは。どこの学校だ?


 そうしてついに、全員が地べたに座る最後の一人を見つめる。間違いなく彼の番である。金髪のブレザー。僕と同じ高校生だろう。どんな名前が誕生するのか。何故か期待してしまう。


「ほな最後や。おい、お前」

「うぃっす」


 軽い。オハナに靴下、ウンコと行きかけての先生、という恐ろしい事故が起きかけたのに、金髪君は見ていなかったのか? まったくビビっている様子もなく、ヘラヘラ笑っている。これは、状況が理解出来ていないのか? それとも全部悟ってしまって、開き直っているのか。

 カティアの様子もおかしい。急に落ち着きが無くなった。知り合って初めて見る狼狽えようだ。ようやく息を整えて、金髪君を震える指で指した。


「お、おのれ! お前はスパイやな。契約が仮契約に戻っとるやないか! 言え! 誰の差し金や!」

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