かをりなきつばき

藤泉都理

かをりなきつばき




 これを持っていたら何度生まれ変わってもきっとまた出会える。


 白蛇の脱け殻を手渡した主は羽織っていた。

 武士しか着用を許されぬ椿が描かれた着物を。






 真っ赤な椿が一輪。

 雪景色の中でたったの一輪。

 木はない。

 けれど木の高さからぽとりと落ちて来るところから映像は始まる。

 雪に優しく受け止められた真っ赤な椿は、花びらを一枚も散らすことなくそこにただ在った。

 時が止まったかのように変化がない時間が過ぎる中。

 不意に空気が震え出す。

 風が、か細い風が雪を舞わせる。

 椿の花びらを、葉を、僅かに動かす。


 それが目覚めの合図。

 前世の記憶が目覚める合図。






 何度も何度も主を見ることができた。

 首相、大統領、社長、元帥、王、皇帝、博士、医師など。

 いつだって、頂上に立つ主を。

 見ることしかできない。

 手の届かないところに立つ主を。

 いつだって。


 出会えないじゃないですか。

 笑んで、首にかけているお守り袋から白蛇の脱け殻を取り出す。

 これを失くしたら、この縁は断ち切れるのだろうか。


 もう、見ることすら叶わなくなるのだろうか。


 嫌だ。

 叫びを上げる。

 その資格などなくとも。

 主の笑顔を一目だけでも見たい。

 心の底から思ってしまうから。






 臆病者と叱らないでくださいね。






(近づかないと本当におまえは話しかけてこないな)


 どんどん小さくなっていく後姿を眺めながら、にやりと笑う。

 白蛇の脱け殻を持っている限り、縁は断ち切れない。

 何度でも姿を目にする中で。

 いつか必ず、あいつは話しかけて来るだろう。

 その刻こそ。


(わしが補佐役となって、あいつを頂上に立たせる)


 刹那首に手刀を当ててのち、解き、首を撫で、背を向ける。






 殺さなくとも願いが叶えられる世の中で。











(2023.2.5)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かをりなきつばき 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ