第7話


 僕は、思い切り羽ばたき、猛烈な勢いで縦穴を上昇した。

 歪な月みたいに小さく見えていた穴の出口が、どんどん目前に迫ってくる。

 そして……。

 やった、出られたぞッ!


 そのままのいきおいで、洞窟からも脱出するつもりだった。けど、視界の端にある光景を捉え、慌てて旋回した。

 穴の対岸に、目をやる。


 ……剣が、ない。

 グラムが、なくなっている。


 そこには、小さな穴が穿たれているだけ。

 抜いたのか? グレンたちが。

 て、事は、今頃、彼らは……。

 いや、忘れよう。彼らの事は、もう僕には関係ない。


 僕は、洞窟内を軽快に飛行した。

 蝙蝠の飛行能力はかなり高性能らしく、矢の様なスピードが出せる上、小回りも利く。おかげで、狭い洞窟内も難なく進める。

 それほど複雑な構造ではないので、特に迷う事もなかった。

 眼前に、差し込んだ光に照らされる壁面が見えた。洞窟の入口だ。来るときは、あんな時間が掛かったのにに、蝙蝠だとあっという間だな。

 僕は、速度を上げる。


 外だッ!

 一気に森の木々のすき間を抜け、思い切り上昇した。

 眼前に、抜けるような青空が広がる。て、今、昼間だったのか。

 僕は、大空高く飛び上がった。

 気持ちいいぃー!


 さて、どうしよう。森の上を滑空しながら、僕は考える。

 まずは、食料の確保をすべきだよな。

 獲物を求め、僕は森の中へ飛び込む。


 て、いうか、コイツ、どれくらいの強さなんだ。確認できないだろうか?

 ものはためしに、僕は、内心で強く念じてみる。


『ステイタスッ!』


大蝙蝠ビッグ・バッド

HP:393

力:52、敏捷:132

魔力:35、耐力:97

運:57

特技:索敵、暗視


 み、見られた。大蝙蝠ビッグ・バッドか。つよッ!


 て、凄くないか、これ。いわば、【鑑定】と同じ事ができるワケだよな。

 【潜入ダイブ】しなければならないという前提ではあるが。【鑑定】なんて、それこそレアで、重宝がられるスキルだ。


 【索敵】が、できるのか。

 早速、実行してみる。眼下の森のそこかしこに、無数の反応が感じられた。

 強めの反応は、おそらく危険な魔獣の可能性が高いので避けよう。

 群れでいる連中も、できれば相手にしたくないなあ。


 比較的、弱くて、単体らしき反応を示す先へ行くと、猪の魔獣と遭遇。

 うーん、でかいな。僕よりも、大きいくらいだ。多分、運べないだろう。


 ん? 近くに、小さな反応がある。見ると、鶏の魔獣を発見。通常の鶏よりはでかいが、運べなくもなさそうだ。


 うらぁッ!

 蝙蝠の爪で襲うと、簡単に仕留められた。

 同種の鶏を、もう数羽、見つけた。

 つづけて、三羽狩り、洞窟の穴の底へと運び込んだ。あまりたくさん獲っても、腐らせてしまうだけだから、このへんにしておくか。


 木の実や、果物なんかも欲しい所である。

 森の中を飛び回っていると、青々とした丸い果実の成る樹木を見つけた。食べて大丈夫だろうか?

 一応、毒見しておこう。ひとつもぎ取り、齧ってみる。うん、甘酸っぱくて、おいしい。


 他にも、さくらんぼ、葡萄も発見。

 夢中で採っているうちに、いつの間にかすっかり日は傾いていた。

 そろそろ、切り上げるかと思った時、樹の根本に、きのこが生えているのを発見。一応、齧って毒味する。大丈夫そうなので、これも採取しておく。


 て、洞窟、どっちだっけ?

 もう、周囲は真っ暗だ。そういや、こいつ、【暗視】もできるはず。

 ん?

 何か、腹が痛くなってきたような……。

 どうやら、気のせいじゃなさそうだ。しかも、どんどん、痛みが酷くなってくるぞ。だいじょうぶか、これ。

 も、もしや、さっきの、きのこ……。


『す、ステイタスッ!』


 状態:猛毒


 ……や、やっぱり。

 しかも、かなりやばいヤツかもしれない。

HPが、急激に減っていっているし。

 手足が痺れてもきたぞ。

 この身体は、もう諦めた方がよさそうだ。


『ダイブ・アウトッ!』


 頬や掌に、固く、冷たい地面の感触をおぼえた。

 目を開くと、洞窟の地面が見えた。

 起きあがり、自らの手や脚を確認する。よかった。僕の身体に戻っている。


 カリカリと音がするので、見ると、ミュウが、四つん這いで、地面に転がる青い果実に噛り付いていた。どうやら、我慢できなかったみたいだな。

 しかし、なあ……。


「ダメだよ、そんな食べ方しちゃ」


 僕は、食べかけの果実を、ミュウの手に握らせる。


「んみゅ?」


 ミュウは、勝手がわからぬらしく、首を傾げる。

 手本を見せてあげようと、僕は、同じ果実を一つ手に取り、噛り付いた。

 うん、甘くておいしい。

 ミュウも、僕のマネをして、果実を噛る。


「うん、そうだ。うまいか?」

「んにゅッ」


 そんな風に喜んでもらえれば、僕も採って来た甲斐があるよ。


 んじゃ、鶏の処理に取り掛かるか。

 まずは、血抜きである。

 岩壁の隙間にくさびを打ち込み、そこにロープで鶏を吊るす。


 血抜きが済んだら、全身の羽をむしる。ナイフで、頭、手足を切り落としてから、内蔵を取り出す。

 ミュウは、僕の作業を興味深そうに眺めていた。

 焚き火用にと、木の枝も大量に集めておいた。火打石で、ほくちに点火。積み上げた枝を燃やす。


 小さく切った肉を、ナイフの先端に刺し、火であぶった。焦げた肉の良い匂いが辺りに漂い、肉汁が滴る。

 ミュウは、それをじっと見つめ、ひくひくと鼻を動かす。


「よし、こんなもんかな」


 程よく焼けた所で、お皿代わりの大きな葉の上に、肉を置いた。

 ミュウは、即座にそれに噛り付こうとする。


「まだ、熱いぞ」

「んあ?」

「そう、焦んなって」


 僕は、肉に、フーフー息を吹きかけ、冷ましてやる。

 ミュウは、僕のマネをして、肉に、フーフーと息を吹きかける。


「よし、もう平気だ」


 ミュウは、肉を掴んで齧りつく。


「うまいか?」

「んうッ!」


 ミュウは、信じられない物を口にしたような顔をする。

 猛烈ないきおいで、肉に噛り付きはじめた。

 もしかしたら、焼いた肉を食べるのは、初めてなのかもな。


 その後、僕とミュウで、大きな鶏を丸々一匹、あっという間に平らげてしまった。

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