第42話 試練

「ハァ……ハァ……」


 俺は夢中で走り続け、山を登った。


 高かった陽が傾いてきた時、やっと山頂が見えて来る。


 山頂が近づくにつれて、傾斜がきつくなり、足場も悪くなってきた。

 急激に体力を消耗する。


 最低限は鍛えているが、それでも一般人より少しだけ体力がある程度だ。


 それに雨が降ったせいで至る所が滑りやすくなっていて、何度も転んでボロボロになる。


 だが、痛みは感じない。

 レイチェルにもう一度会いたい、それだけを思って、ひたすらに山頂を目指す。

 彼女がここを通ったのは間違いない。

 木や草が枯れている。


 そして、その痕跡は山頂へ続いていた。


「レイチェル! 聞こえるか!?」


 俺は少しだけ息を整えてから、山頂へ向かって叫んだ。


 しかし、返事はない。


「くそ……!」


 俺は再び走り出した。


 標高が高くなってきたからだろう。

 木や草が姿を消す。


 山頂は目前だ。


「レイチェル! 返事をしてくれ!!」


 再び叫んだ。

 俺の声は山に反射して響く。


 やはりレイチェルからの返事はない。


 見渡す限り人影もなかった。

 最悪の結末が頭を過る。


「馬鹿! 悪いことを考えるな!」


 ここまで強い魔物に遭わずに上って来れた。

 運は味方している!

 絶対に上手くいくって思え!

 立ち止まるな!


 もう一度体に力を入れ直した。


 体力は限界だ。

 でも、レイチェルのことを諦めるくらいなら、身体が壊れた方がマシだと思った。


 しかし、未だにレイチェルの姿は見えない。



 ――――もう一度、山頂へ向けて叫ぼうとした時だった。



『ギャアアアア!』という大気が震えるほどの咆哮が鳴り響く。


 直後、俺の目の前に巨大な竜が着地した。


「ファイヤードレイク…………!」


 どうやら山頂付近はこいつの縄張りだったらしい。

 叫んだせいでファイヤードレイクを呼んでしまった。


 俺のことをじっと睨みつける。


 ファイヤードレイクの巨躯は微かに赤い。

 それが火山を住処にするこの竜の特徴だ。


「どいてくれ。俺は助けなくちゃいけない人がいるんだよ!」


 俺の要求なんて、この火山の覇者には無意味だった。


 ファイヤードレイクは大きく口を開ける。

 口内には火炎が見えた。


「マズい!」


 俺は不得意な防御魔法で土の壁を作った。


 ファイヤードレイクが放った火炎の熱風が襲い掛かる。


 直撃は避けられたが、土の壁は無惨に破壊されて灼熱の塊になって、俺を襲った。


 火傷、打撲、もしかしたら骨が折れたかもしれない。


 でも、今は不思議と何も感じなかった。


「こんな奴と戦っていられない…………!」


 俺はバックに何か役立つ物が入っていないか探す。


「これは……」


 俺はバックの中から取り出した物をファイヤードレイクへ投げつけた。


 直後、強い光が辺りに発生する。

 魔王城へ入る前にジャンが「もし残党がいたら、これを投げつけろ。お前じゃ、低級の魔物にも勝てないからな」と言いながら、渡してくれた閃光玉だった。


「ありがとう、親友」


 俺は目を潰されて暴れ回っているファイヤードレイクの足元をすり抜けて、再び山頂を目指した。


 疲労、火傷、打撲、骨折、体はボロボロだった。

 気を抜いたら、動けなくなりそうだ。


 でも、止まらない。


 本当にもう少しで山頂だ!


「レイチェル、そこにいるのか!?」


 俺はまた叫んだ。


 でも、やっぱりレイチェルからの返事はなかった。


 その代わりに『ギャアアアア!』という最悪の返答が後背から聞こえる。


「お前は呼んでないって…………!」


 視力を回復したファイヤードレイクが俺を追ってきた。


 しかも飛翔し、先ほどよりも大きな火炎を放とうとしている。


「さっきの閃光玉で怒り狂ったってことかよ…………」


 俺にあんな攻撃を躱す手段は何もない。


「これで終わりなのか……?」


 結局、俺には女の子一人救えない…………

 無駄死にだ。


「ごめん、レイチェル……」


 もう駄目だと思った。


 そういえば、昔、主人公が転生して、別の世界で最強の力を手に入れ、無双する小説を昔読んだっけな。

 もし、そんな世界があるなら、次はそんな世界で、そんな役回りを演じてみたい。


 女の子一人救えないこんな役回りはごめんだ。


「ちくしょう……!」


 俺が最期を覚悟した時だった。


『ギャアアア!』


 ファイヤードレイクの頭部に何かが突き刺さる。


 ――それは見覚えのある剣だった。


「えっ?」


 ファイヤードレイクが地面に落下する。


 剣が突き刺さっているが、致命傷にはなっていない。


 しかし、ファイヤードレイクはその後、苦しみ出して、やがて動かなくなった。


 生気を感じない。

 ファイヤードレイクは死んでしまったのだ。


 剣が刺さったことが死因じゃない。

 まるで生命力を何かに吸い取られたようだった。


「生命力を吸い取られる…………?」


 そんなことが出来るのは…………




「――――なんでアレックスがここにいるの?」




 俺が振り向くとレイチェルが立っていた。

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