第38話 最後の旅


 レイチェルは客間を出てすぐに変身魔法で顔を変える。

 

 そして、屋敷の裏口へ向かった。


「レリアーナ」


 フリード様が追ってきた。


「お父様も私を引き留めるつもりになってしまったのですか?」


 レイチェルは警戒しているようだった。


 フリード様は首を横に振る。


「あれだけ怒鳴り合いをして、お前の気持ちが変わらなかったんだ。何を言っても無駄だとは分かっている。アレックス君、これをお願いできるか?」


 フリード様はパンパンに詰まった大きなリュックを俺に差し出す。


「中身は全て食材だ。レイチェルの好きな物を食べさせてやってくれ」


「はい……」


 俺はリュックを受け取った。


 フリード様はレイチェルに視線を戻した。


「レリアーナ、お前の意志が変わらないのは分かっている。だが、見送るくらいの勝手は許してくれ」


「分かりました。……お父様、後のことはお願いします。魔王のいなくなったことで、今度は各国に摩擦が生じるはずです。もし、人間同士の戦争が始まってしまったら、私たちは何のために魔王を打倒したのか、分からなくなってしまいます。もう、血を流す時代は終わりにしてください。私の大切な人たちが平和に過ごせる世界にしてください」


 レイチェルは俺を見る。


「お前の言葉、必ず実現しよう。もう私よりも若い者たちが死んでいくのを見るのは沢山だ」


「よろしくお願いします。……それでは本当にこれでお別れです」


 俺とレイチェルは裏口から屋敷の外へ出る。


 彼女は一度も振り返らなかった。


 俺は一度だけ振り返ってしまう。

 その時見たのは泣き崩れているフリード様の姿だった。


「私は見ないよ。お父様は見られなくないだろうし……」


 レイチェルは分かっていた。


「うん、そうだね」


「困ったなぁ。屋敷の敷地外に出る前にこれをどうにかしないと……」


 レイチェルは溢れる涙を拭いながら、呟いた。





 街へ出ると今日も人々はいつも通りの生活をしている。

 それを見ると俺は疎外感に襲われた。


 そのまま街を出るのかと思ったが、レイチェルは街の出口には向かっていない。


「すいません。寄り道をさせてください」


 レイチェルはそう言い、花屋によって花を買う。

 その後に彼女が向かったのは教会だった。


 神父さんに挨拶をすると墓地へ向かう。


 そして、一つの墓標の前で立ち止まった。


「お母様、お久しぶりです」


 ここにレイチェルのお母さんが…………


「アレックスは驚いた?」


「ううん、そんな気がしていたよ」


「そう……」


 もし生きているなら、帰ってきたレイチェルに会わないのはおかしいと思っていた。


 レイチェルは少しの間、墓標を触って、花束を置く。

 滞在時間はとても短かった。

 最後にレイチェルは「もう少しでお母様へ会いに行きますね」と言う。


 俺は何も言えなかった。


「アレックスがそんなに苦しそうな顔をしなくて良いんだよ。さてと、行こっか」

と言いながら、レイチェルは俺の手を引っ張る。


「うん……」




 教会を出た俺たちは預けていた馬車を回収する。


 そして、センドの街を出発した。


 レイチェルは何度も振り向く。

 彼女は街が見えなくなるまで、その行為を繰り返した。


「もうあの街を見ることはないだろうなぁ、って、思うのは二回目…………」


 レイチェルは街が見えなくなった後、静かに言った。


「一回目は魔王と戦う為に勇者として旅立った時。あっ、違うかな。今回は〝ないだろうぁ〟じゃなくて〝ない〟だもんね」


 レイチェルは笑いながら言う。


 何か言わないといけない、と俺は思ったのに何も思いつかない。


「良いよ、無理に何か言おうとしないで。その代わりにこうさせて……」


 レイチェルは俺に寄り掛かる。


「こんなことで良ければ……」


 結局、俺はそんなことしか言えなかった…………


「十分だよ。こうしていると落ち着くから……」




 夕暮れ前にランテ火山に一番近い街『ファジル』へ到着した。

 俺たちは馬車を預かってくれる場所を探す。


 この先は徒歩で行く。

 山岳地帯は馬で進みづらいし、それに…………レイチェルと途中で手を離すことを考えると馬が近くに居たら、『魔王の呪い』の影響をを受けてしまう。


「あんたたち、ランオ火山に入るのかい?」


 馬車を預けられる場所を見つけて、目的地を言うと店主の人に心配をされた。


 ランテ火山へ近づくと危険な魔物に遭遇する可能性があるので、腕に自信のある者しかこの先へ進まないらしい。


「最近じゃ、ファイヤードレイクも住み着いたらしいから、誰もランオ火山には寄り付かないんだが……」


「心配していただき、ありがとうございます。でも、私たちはランオ火山の調査へ来たので、行かないわけにはいきません」


 レイチェルは会話に嘘を混ぜる。


「そうなのかい? 冒険者は大変だな。だが、ランテ火山に入るのは明日にした方が良い。夜は魔物が活発に動く」


 店主の人は警告してくれたが、

「大丈夫です。私たちは強いですから。それに私たちはこの夜に目的があるんです。詳しいことは言えませんが」

 レイチェルはまた嘘を口にした。


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